明明死す

体育館の端っこで膝を抱えて座っていると、わっと歓声が上がった。五限目の体育という最悪な時間割に加えてこの歓声はちょっと頭に響くなと眉を顰めると、その歓声を一挙に集めていたのは私の幼馴染だった。ふと、片手を上げた彼がこちらを向く。
 

「えっ、菅原くんこっち見た!」

「ばか、今のはあの子に向けてだよ」

「あぁ…幼馴染、ね」


チクチクと、隣に並んでいた女子二人からの視線が刺さる。振られた手に応えようとして上げかけた右手を慌てて引っ込めた。いつものことだし、気にしない。ふぅ、と一つ深呼吸をして顔を上げたときには、菅原はもう向かいのコートからいなくなっていたし、隣の女子たちの話題の中心も別の男子に移っていた。



「みょうじさん、ゴミ捨てお願いしてもいいかな?」

「あっ、私今日…」

「じゃあ、よろしくねっ」

担当の先生が厳しい区域である共有廊下の掃除当番になっただけでも最悪なのに、同じ班のメンバーは運動部に運動部にギャル。運動部の男子二人は理由をつけて掃除そっちのけで部活に行ってしまうし、このギャルに至っては真面目に掃除をするそぶりを見せながら内申点だけを稼いでいる。ゴミ捨てはいつも私に押し付けるし、掃き掃除だけ適当にやって雑巾掛けは絶対にやらない。そうして最後まで収めるのは毎回私。

駅前の本屋でアルバイトをしている私だって、この後シフトが入っているから遅れられないのに。たまにはやってよ、と押し付ける勇気もない私は、そそくさと帰っていくギャルの短いスカートを呆然と見つめるだけだった。

私は、幼い頃からずっとこうだ。
鈍臭くて、思っていることをうまく言葉にできない。否定も肯定もするのに時間がかかる私は、幼い頃いじめに近いものをされることも少なくなかった。中学に上がってからはこういう子なんだなと認められて何人か友達はできたけど、よくいうスクールカーストで言うと最下層。静かに、慎ましく生きてきた。まさしく影のような存在。それが私だ。

「おーい。さっき、俺のこと無視したべ?」

「…菅原」

そんな私の生活の中で、唯一の光がこの幼馴染だ。菅原孝支、18歳。私と同じく烏野高校特進クラス。
ゴミ捨て場に向かう外廊下で、後ろから声を掛けられてびくりと肩が上がる。こんなところで私に話しかける男子なんて、この学校の中でこいつしかいないようなものだ。

見て分かる通り彼の見た目は爽やかで、だけど高嶺の花というわけでもない。明るい性格で、誰にでもフレンドリー。男子バレー部に所属していて後輩からの信頼も厚いこの男とは、家が隣同士だ。
同い年で家が隣、両親の年齢も近いという私たちは、幼い頃から一緒に遊んでいた。しかも、菅原には弟がいて、私には菅原の弟と同い年の妹がいる。こうなってしまえば親同士が仲良くなるのは当たり前のことで、我が家と菅原家の関係は割とズブズブだった。昨今のご近所付き合い離れとは程遠い関係。


幼い頃は菅原とばかり遊んでいたせいで、自分も明るい性格だと錯覚していた。だけどそれも長くは続かなくて、この有様。彼以外と遊ぶときは、いつもみたいに元気でいられないことに気がついたのはいつだったか。人気者の彼と、教室の隅っこにいるだけの私。だからこそ、できるだけ学校では話しかけないでほしいのに、デリカシーがないのかなんなのか、この男はめげずに校内で私に話しかけ続けて早三年。そのせいで、あの体育の時みたいな扱いを受けているんだけど。

それでも私は、菅原に話しかけられるのを拒否することができない。
しようと思えばできるけど、しようとしない。


「無視されんの切ないんだけど」

「別に学校で話さなくても話せるじゃん」

「それとこれとは別じゃんかよー…」

ゴミ捨て場まで後ろをついて歩いてくる菅原に心の中で溜息を吐きながら、できるだけ目を合わせないようにした。この無駄に外面がいい男のせいで、また女子に嫌味を言われるのだけは御免だ。こっちにも相手にもそんな気がなかったとしても、噂っていうのは簡単にねじ曲がって広がっていってしまうんだから。


「おーいスガ!何サボってんだ!」

「うわ、大地!」

ガラガラとゴミ箱の扉をスライドしたところで、バレー部の主将である澤村くんの声が飛んできた。焦って飛び上がった菅原はそそくさとそちらに駆け出していく。部活の道具がいっぱい詰まったバッグが左右にゆらゆら揺れていて、なんだか懐かしい気持ちになった。
私はいつも、こうやって先をいく菅原の背中を見ているんだ。きっと、これからもずっと、私は影みたいに後ろにピッタリくっついている。菅原が光れば光るほど濃くなる、醜い影。
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