暗やみ逢い引き

「落ち着いた?」

「…うん、ありがとう」

私は別の意味で焦っていた。あれから私の涙は全然止まらなくて、次のチャイムが鳴ってしまったのだ。私はどうせ今日のテストは赤点確実なので良いとしても、菅原はどうしてここにいるのか。
私のせいで、テストをサボらせてしまった。

「あいつに、何されたの」

「…キス、された。」

私の涙が止まって荒かった呼吸が落ち着いたところで、ようやく菅原は私に声を掛けた。
気を使うように前を向いたまま問いかけられる。正直思い出したくも話したくもない内容だけど、ここまで付き合わせてしまってなんでもないなんてことは無理だろう。素直にあったことを話し始めると、伏せられていた目がこちらを向いて丸く見開かれた。もしかして、内容は知らなかった、ってこと?

言わなきゃ良かったって瞬時に思ったけど、ここまで来たら後戻りできない。

「突然キスされて拒否したの。で、今日学校来たらこの有様だった。」

なんで私がこんな想いをしないといけないのか。
自分で言葉にしたら現実だと改めて実感してしまって、また視界が歪んで来て必死に堪えた。これ以上迷惑はかけられないし。

「でも、大丈夫、私も悪かったし…」

「んなわけあるかよ」

あ、やばいと思った時には遅かった。

パッと隣を見ると、困ったように眉毛を下げていたその表情は一変していた。眉間には皺が寄っているし、私を見つめる視線は鋭い。グッと握り締めた拳が開かれると、その指先は確かめるように私の瞼に触れた。
その手つきがとんでもないくらい優しくて、吃驚した私はただ菅原の表情を伺うことしかできない。


「なまえがあんなこと言われてるの見て黙ってられるわけねぇべ」

「でも、しょうがな…」

「しょうがないとかないから。なまえはそんなこと言われる必要ない」

大丈夫だと言っても菅原の表情は硬いままで、マッチくんへの怒りを直に感じる。真剣な顔をしてこちらを擁護するような言葉を言うので、なんだか私の気持ちは落ち着いてきた。菅原が、私の代わりに全部怒ってくれている。私のことをわかって、全部言葉にしてくれている。



「俺だったら絶対に泣かせないよ」

「…こうちゃん、」

優しい手つきで私に触れたこうちゃんは、そのまま涙の跡をなぞるようにひと撫でした。
本当に私の心っていうのは、本当に単純で都合良くできてるんだよな。さっきまで別のことを考えて辛くて泣いていたくせに、こうやって好きな人に触れられるだけで辛いことなんて無かったことになってしまう。こうして、彼が私の傍にいれば何もいらないと思ってしまうんだから。

そうやって、18年間生きてきてしまったんだなぁ、とぼんやり考えていた。

「なまえが喋るの苦手だってことも、掃除押し付けられても文句言えなくて最後までやり遂げちゃうことも、誰よりも真面目で可愛いってことも、俺が一番知ってんだけど」

纏っている空気が変わった気がして首を傾ける。あまりにも自然に、当たり前にそんなことを言うから空いた口が塞がらない。

「…」

「…好き、なんだけど」

彼が何を言っているのか頭の中で整理できなくて、私の顔は相当に間抜けだったことだろう。無言でいる私と、表情を崩さない菅原。何かの冗談?と考えたけれど、目の前の菅原は至って真剣で、なんなら少し苦しそうな表情をしていた。

「なまえのこと、他の奴に渡したくないくらい好きなんだよ」

もう一度、菅原は絞り出すみたいに私に告げた。

確かに、好きだと言った。好き。頭の中で繰り返せば繰り返すほどゲシュタルト崩壊していってわからなくなった。でも、確かに好きって言った。菅原が、私のことを好きだって言った。他の奴に渡したくないくらいってどのくらい?幼馴染としての執着心とかではなくて、私とおんなじ気持ちの好きってこと…?

「だから、恋人にしたいの好き、だってば」

私の眉間を伸ばすように、菅原の指先が触れた。


「…私も、好き」

「だよなぁ……っえ?」

「ずっと、こうちゃんだけが好き。」

じっとその丸い目を見つめた。菅原も同じようにこちらを見ていて、気恥ずかしいはずなのに目を逸らしてしまおうという気持ちにはならなかった。今この瞬間、私のことだけを考えている好きな人の表情を見ておきたかった。

そうして暫く見つめたままいると、こうちゃんは私の腕を掴んで抱き締める。私のものなのかこうちゃんのものなのかわからないけど、どくどくと鼓動が響いている。
次に聞こえたのは、耳元で深く息を吐く音で、それがとても擽ったかった。

「やば、嬉しい」

「……誰にも渡したくない?」

「うん。」

「私、こうちゃんの何?」

「彼女。」

我ながら面倒臭い質問だなと思ったけれど、耳元でくすくす笑う声が聞こえて安心した。甘さを孕んだその声に、あぁ、私本当にこの人の彼女になったんだと実感が湧いてくる。そう思ったら急に恥ずかしくなって、それでもこの腕の中は落ち着いて、離れたくないと思ってしまう。


「…そろそろ戻るか」

「あのね、こうちゃん。」

「え、あれ?てか今何時…」

「テスト、始まってるの」

「…うわっ!?」

身体を離して、そういえばとばかりに私の顔を見たこうちゃんの表情は穏やかで、お腹の中が暖かくなった。嫌だったこともこの時にはすっかり無かったことになっていたし、テストをすっぽかしたことも今思い出したほどだ。
こうちゃんは結構前に鳴ったチャイムの音すら耳に入っていなかったようで、こっちが驚いてしまうほど焦った表情を浮かべていた。良心が痛んだけど、さっきまで私の肩を抱いていた手が私の左手に触れる。


「んじゃもう、次から戻るべ」

手を握られたままその場に座り込むもんだから、私もその場にしゃがみ込むことになる。
数時間前の私に、今の状況を説明してもきっと信じてもらえないだろうな。あんなにどん底だったのに、今こんなにも幸せなんだもん。今までの幼馴染と、すれ違いと、どん底の気分と、そういうのを全部ひっくるめて今があるなら悪くないなって思っちゃうし、一個テストをすっぽかして隣にいることくらい許して欲しいな神様。

5限目が終わるまでのあと30分、自分にもこうちゃんにも甘えてみることにした。
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