▽ハルちゃんを気遣うまこちゃん


ささやかに雨が降っていた。ひとつの傘を共有して、お互いの肩を半分ずつ濡らしながら、俺とハルは並んで歩く。
「残念だったね、泳げなくて」
ハルは答えなかったけれど、横顔は分かりやすく落ち込んでいる。ハルにとって必要なのは空から降るこんな水ではなくて、その身を沈めることのできる嫋やかな水面なのだ。無数の波紋が浮かぶ海を恋しそうに見つめたハルが、小さく、溜息をついた。
水の無いハルは軋んでしまって、油を差していないロボットのように歪に見える。息の出来ない金魚のようにも。
ハル、呼びかけると水面と同じ色をしたふたつの瞳が俺を捉えた。
「明日は晴れるよ。今日は、水風呂で我慢。ね?」
「……ああ」
仕方ないから夕飯は鯖にする。
そう呟いたハルに、鯖はいつものことじゃないかと呆れながら、俺は手にした傘をハルの方に少し傾けた。風邪を引いてしまったら明日も泳げないだろうから。
さっきより広く濡れる肩はわりと冷たかったけれど、そんなことはどうでもよかった。ただ、ハルが乾いてしまう前に、水の方からハルを呼んでくれたらいいのに。



2013/08/13 17:46


▽五話ネタ会話文


「だって怜ちゃん歯ぎしりしそうだもん!」
「しませんよ!歯ぎしりなんて!」
「そうだよ。怜は歯ぎしりしないし、寝相だって悪くない」
「……えっマコちゃん何で知ってるの?」
「えっ?」
「真琴先輩……フォローはありがたいですが、恐らく墓穴を掘っています」
「あっ!…………」
「……うん。あみだくじしよっか」



2013/08/13 17:45


▽泳ぐまこちゃん


さざ波によく似た歓声と、長いブザー音が反響し、混ざり合って空間を満たす。宙に舞った俺の体は天井を足元に流しながら青い水面に滑り込み、心地よい浮遊感が全身を包んだ。身体を揺らし、再び水面に顔を出すその瞬間、まるで時が止まったような気がして。
ああ。今が、いちばん、好きだ。



2013/08/13 17:44


▽泣くまこちゃんと寄り添う江ちゃん


ごめんね、ちょっとだけひとりにしてて。真琴さんの言葉に、私は近づく歩みを止めた。俯く真琴さんの表情はこちらから見えなかったけれど、その声は確かに震えていて。
「泣いて、いるんですか」
私の問いかけに、真琴さんの背中が揺れた。ああやっぱり。この人は、またひとりで。涙を、こぼして。
なにかを振り払うように、私は真琴さんの隣に座った。真琴さんは何も言わなかった。私がそうするだろうって、きっと分かっていたからだ。だっていつもそうだもの。ひとりにしてと言う真琴さんの傍に、私はいつも寄り添って、体温を分け与える。
「コウちゃん、俺、どうしよう。もうダメなんだ。自分ではどうにも、できなくて」
淀んでしまった感情を吐き出す真琴さんに頷いて、そうですね、と言って。私が何か言ったって、どうしようもないことはよく分かってるから。
真琴さんの心の中を引き出すように、私はそっとささやきかける。
ねえ大丈夫。あなたは私が守るから。
どうかあなたの流す涙が、あたたかいものでありますようにと、そう、願った。



2013/08/13 17:43


▽まこちゃんの写真を撮る怜ちゃん


真琴先輩の写真が撮りたくて、コンビニで使い捨てカメラを買った。防水仕様の青いカメラ。部活中にそれを取り出した僕に、興味津々といった様子の渚くんが近づいてくる。
「なにそれ、カメラ?何を撮るの?」
「真琴先輩が泳いでいる姿を」
「その写真、僕も欲しいな」
「ダメです」
「えー!怜ちゃんのケチ!!」
「なっ!ケチとはなんですか!ケチとは!!」
ぶすっと顔を膨らませた渚くんは未だケチケチと連呼している。少し気に障るが、今は彼の相手をしている暇などないのだ。真琴先輩の泳ぐ姿を写真に撮らなければならない。
波打つ水面の真ん中に空を仰いで泳ぐ影。僕は、あの光景を手元に置いておきたいと、そう思ったから。
僕は僕にとって何よりも美しい彼の姿を、カメラを構えて、フレームに収める。シャッター音が響いた。



2013/08/13 17:42


▽初心な怜ちゃんを可愛く思うまこちゃん


震える怜の手が、俺の両頬を捧げ持つように添えられた。間近にある怜の顔は耳から首まで余すところなく真っ赤だった。
「目を、閉じてください」
うまく舌を動かせていないのか、つっかえながらそう言われて俺は素直に目を閉じた。添えられた手に少しだけ力がこもる。俺のものではない体温が、吐息を感じるほど近づいてくる。
額に、柔らかな感触があって。すぐさま離れていった熱。目を開けるとさっきよりもっと顔を赤く染めた怜が、潤んだ目で俺を見つめていた。
「す、みません。限界です。……心臓が、破裂しそうで」
緊張に肩を震わせた怜の精一杯は額に触れるだけのくちづけをひとつ。なんだか、そう、可愛いなと思って。
俺は怜の名前を呼んだ。驚くほど甘い声が出た。怜はどことなく申し訳なさそうに、俺の瞳を覗き込んでいる。
「好きだよ、怜」
囁いて、怜にされたのと同じように彼の額に唇を落とした。大丈夫、ゆっくりでいいよ。込めた意味は伝わっただろうか。
くちづけを受けてもどかしそうな怜の表情もどうしようもなく好きだと思った。



2013/08/13 17:41


▽女の子になりたかったまこちゃん、怜真


女の子に産まれたかった。
そうしたら、怜と普通に恋をして、結婚して、子供だって居たかもしれないのに。怜に普通の幸せをあげられたかもしれないのに。
橘真琴は竜ヶ崎真琴になって、将来を一緒に過ごすのにも、今より不安は少なかったはずで。
もし俺が女の子に産まれていたら。華奢でか弱くて、守ってあげたくなるような、そんな子に産まれていられたら。
俺の言葉に、怜は少し不愉快そうな顔をした。つまらないことを言うんですね、と俺の額にでこぴんをした。
痛い、と抗議する俺に、いいですか?と怜の指先が突きつけられる。
もし貴方が女の子だったら、そもそも僕と出会うことはなかったかもしれない。僕は貴方が男だとか、普通の幸せなんてものには最初から興味などありません。重要なのはそこじゃないんだ。
怜の腕が俺を抱きしめた。強い力でお互いの距離がなくなる。俺の耳元で怜が囁く。
僕は今の貴方が好きなんです。僕の気持ちを否定するのは絶対にやめてください。ですが、
怜が最後に付け加えた。
貴方が女の子になっても、僕との未来を想像するところだけは、褒めて差し上げますよ。真琴先輩。
なんで、そんなに、えらそうなんだよ。



2013/08/13 17:40


▽少し未来の怜真


ゆっくりとまぶたを開く、真琴先輩におはようございますと言った。
「……ん、おはよ。怜」
「起きられそうですか」
「大丈夫。朝ごはん、用意してくれたんだろ?」
くんくんと鼻をひくつかせた真琴先輩に、朝食はあなたの好きな半熟の目玉焼きにしました、と言えば嬉しそうに目元が緩む。
「怜の目玉焼き、美味しいから好きだな」
「好きなのは、目玉焼きだけ?」
「……どうしたんだ?何かあった?」
「いえ、ただ……」
まるで嘘みたいな幸せだな、と、そう思ったんです。
僕の言葉に、真琴先輩は不思議そうに首を傾げて、変な怜、と呟いた。



2013/08/13 12:33


▽チョコレート時間、凛真版


口開けろ、と言われたから素直に開いた口の中に、放り込まれた四角い欠片。一瞬遅れて舌の上に強烈な苦味が広がった。
「な、なに?!なにこれ苦い!!」
「あん?チョコレートに決まってんだろ」
ほら、と凛が見せてきたのはカカオ99%とでかでか書かれたパッケージ。どうりで苦いはずだった。涙目になりながら飲み込む俺に、凛は不思議そうな視線を向ける。
「お前、チョコ好きじゃなかったか?」
「好きだけど、俺が好きなのはこんな苦いやつじゃなくて……!」
「俺は甘いもん好きじゃねえ」
「それは凛の好みだろぉ!」
突然苦いチョコを食べさせられたことに対し、抗議していた俺ははたと気づいた。あれ?甘いもの好きじゃないのに、なんで凛がチョコを?
もしかして、と恐る恐る凛の顔を窺った。なんとなく落ち込んでる気がする。やっぱり、もしかしなくても。
「そのチョコ、俺のために?」
「俺がこんなん食うかよ」
お前が食わねえならしょうがねえけど。ポケットにしまおうとしたチョコレートの箱を慌てて奪い取る。あ、おい!と慌てた凛の声。
「くれるんだろ?」
「……別に、無理して食う必要ねえよ」
「やだ。凛がくれたものだし、俺が食べる」
甘くないからさ、凛も一緒に食べようよ。そう言って包みを開けたチョコを一粒、凛の口元に差し出すと躊躇いながら開かれた。尖った歯の隙間から差し込まれたチョコレートを口にして、凛は
「……んだこれ。苦い」
顔を顰めたものだから、俺は思わず笑ってしまった。



2013/08/13 12:31


▽ハルちゃんとひとりで生きられなかったまこちゃん


ハルの強くて寂しいところが、とても好きで、少し嫌い。
俺はどうしてもハルのように、振り返らずにはいられないのに。ハルは俺の手を引くばかりで一度だって立ち止まってくれなかったから。
繋いだ手を離す自由さえ俺には残されていなかった。ねえ、ハルに俺は必要だった?ひとりで生きていけないのは、もしかして、俺だけじゃないの。
六回目の問いかけに、もしもハルが答えてくれなかったら、そのときはさよならしようと、俺は、決めて。
たぶん、こうなってしまう前に、一秒先の未来を教えてくれるだけでよかったんだ。ねえ、ハル。



2013/08/13 12:30


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