▽まこちゃんの本質に触れたい怜ちゃん


憂いを帯びた真琴先輩の横顔は、僕がこれまで見てきた彼のどんな表情よりも真琴先輩らしかった。少なくとも、僕はそう思う。
初めて出会った時から、橘真琴という人はどこか、抑圧されているような、本質を表出さない厄介さを持っているような、そんな印象を抱いていた。僕の直感は間違っていないと確信したのは、それから暫くの間、真琴先輩を観察し続けた上の結論だ。遙先輩も渚くんも、誰も気づいていない。真琴先輩の本質に。
優しく、穏やかで、面倒見のいい真琴先輩。それは確かに真琴先輩の一面かもしれないが、決して全てなどではないのに、誰もそれを分かっていない。
さぞかし、辛いのだろうなと。僕が真琴先輩の抑圧を心配する義理などないと、分かってはいたのだけれど。
僕はその矛盾に、どうしようもなく惹かれてしまって、部室の中でひとり佇む貴方に手を伸ばすことしか、できない。



2013/08/19 00:28


▽牛乳に相談する凛ちゃん、凛真


「松岡先輩また牛乳ですか?」
「……似鳥」
「牛乳といえば、ちょっと前『牛乳に相談だ!』みたいなCMやってましたよね。もしかして、松岡先輩も相談中だったり……」
「似鳥ィ!!」
「でででですよね!すみません!!……でもやっぱり背が高いって憧れるなあ。僕も御子柴部長みたいになりたいです」
「……そうかよ」
「あっ!背が高いといえばこの間合同練習した岩鳶高校の人もすごく背が高かったですよね!名前は確か、橘まこ……」
「黙れ似鳥ィ!!」
「わあああああすみません松岡先輩!!また僕怒られるようなこといいましたか?!」



2013/08/18 13:52


▽まこちゃんのかすり傷を気にする怜ちゃん


「真琴先輩、その傷は」
「傷?……なんだろ、どこかに引っ掛けたかな」
ちらりと見えた真琴先輩の手の甲、小指の付け根あたりに擦過傷があるのを見つけた。真琴先輩自身にも覚えがなかったようで、小さな傷を見つめながら首を捻っている。
僕は真琴先輩の手をとって捧げ持つように触れた。赤くなったその場所に指先を這わせ、痛みますか、と尋ねた。
「全然、痛くはないよ。かすり傷だし」
「そうですか」
それならば、よかった。傷だけでなく、真琴先輩の手のひら全てに丁寧に指を滑らせる。皮膜の薄い指の間、節の目立たない長い指、なめらかな皮膚の色。
「傷があっても、なくても、真琴先輩の手はとても美しいですね」



2013/08/18 13:51


▽遙真前提、とくべつになりたい渚くん


誰かのとくべつになりたいと思って、でも、その誰かのとくべつはもう埋まってしまっていたとしたら。僕は、多分諦めてしまうのだろう。一人が持つことのできるとくべつはいくつかに限られていて、そんなにたくさん欲張ることはできないものだから。
「それで、昨日もハルってばひどいんだ。ダメだって何度も言ってるのに、また水槽に入ろうとして……」
「ハルちゃんはほんとに水が大好きだよね」
「うん。……でも、たまには俺のことも構ってほしいな」
「そう言ってみればいいじゃない。ハルちゃん喜ぶよ?」
「そうかな」
「そうだよ!」
きみのとくべつはずっと昔に全部埋まってしまっている。僕はとくべつになれなかったけれど、きみが笑うのを見ているだけでいいんだ。決して邪魔にはならないから、とくべつに一番近い場所にどうか僕のことを置いていて。



2013/08/17 16:54


▽まこちゃんの寝癖の話、怜真


「マコちゃん、寝癖ついてるよ」
「え?どこ?」
「そこ」
ぴょこんと一房、跳ねた髪を指差して教えてあげるけれど、マコちゃんはどこだか分からないみたいでうろうろと手を彷徨わせている。
僕は爪先立ちをして、めいいっぱい腕を伸ばすとここだよ!と指先で跳ねた髪を掠めた。なんとか、届いてよかった。マコちゃんの綺麗な手が、跳ねた髪を撫でつける。うん、いつものマコちゃんだ。
「直ったかな」
「うん。大丈夫。今日は寝坊でもしたの?」
う、とマコちゃんが顔をしかめた。どうやら図星だったみたい。マコちゃんが寝坊なんて珍しいね、と尋ねるとメールがね、ともごもご呟く。
ふうん。メール。誰とだろう。
そういえば、と口にした僕をマコちゃんのたれ目がまっすぐ見つめる。
「怜ちゃんもね、今日寝癖が凄かったんだよ。僕びっくりしちゃった」
「へ、へえ。そう、なんだ」
マコちゃんが僕から顔をそらした。あれ?どうしたの、なにかあった?とは聞かないでおいてあげたけれど。



2013/08/17 13:39


▽オーストラリアに旅立つ前、凛真


耳を塞いで、目を閉じて、真琴が嫌々と首を振る。なんで、どうして、と言って泣きじゃくる。その肩に手を伸ばそうとして、けれど、触れられないまま力を失くす。
「なんで凛行っちゃうの。オーストラリアって、なに。凛のバカ、バカ、なんでだよぉ……」
だって、俺は速くなりたいんだ。誰よりも、ハルよりも速く。みんなには言えた簡単な理由が、真琴にだけは告げられなかった。責められそうで怖かった。自分勝手と言われたくなかった。嫌われたらどうしよう、なんて今更思っても仕方ないのに。
「真琴、ごめん、でも俺……」
「知らない!」
叩きつけられるような、声。舌が竦んで、眦にじわじわと涙が滲んだ。ああやっぱり。嫌われた。真琴にだけは嫌われたく、なかった。
ぎゅう、と拳を強く握る。固く唇を引き結ぶ。泣き続ける真琴に背を向ける。振り返ったら自分まで、泣いてしまいそうだったから、まるで逃げるようにその場を全速力で駆け去った。
その背中をいつまでも、真琴の泣き声が追いかけてくる。



2013/08/16 11:58


▽まこちゃんを守りたいハルちゃん


真琴は簡単に手を伸ばす。自分が傷つくと分かっていても、振り払われると知っていても、手を伸ばすのだ。まるでそれしか知らないみたいに。一途に、愚直に、馬鹿みたいに。
俺みたいに真琴のそんなところが好きなやつはいいだろう。でも、そうでないやつは、真琴が手を伸ばすのと同じだけ、簡単に真琴を傷つける。腹立たしく、とても不快だ。俺はそれが許せなかった。だから、真琴を守ると、決めて。
俺が隣にいる間は、真琴を傷つける不届者が真琴の手を取ることはない。それは幼心に真琴のことを大事に思ったその日から、ずっと今日まで続いている。



2013/08/16 11:57


▽仲間外れが寂しいまこちゃん


俺の知らないところでハルと凛が、大事な約束を交わしているのを、寂しいと思ってしまうのは自分勝手なことだろうか。
県大会で会おう、なんて。ハルがそんな約束をしたこと、いまだに少し信じられない。ハルになにがあって、凛と何があったのか、俺にはさっぱり分からなかった。蚊帳の外って、多分こういうことだ。ハルが俺に、すべてを話してくれる筈もないし。俺から聞いても答えてくれないと思う。
寂しい、かなしい。でもちょっとだけ嬉しい。寂しいのは置いていかれたから。嬉しいのはハルの世界が広がったような気がして。
いつかハルがどこまでも広がる世界に出て行ってしまった時、その瞬間こそ、俺が一人でこの街に置いていかれる時なのだろう。



2013/08/16 11:56


▽まこちゃんが凛ちゃんと呼んでいたら


「マコちゃんって、前は凛ちゃんのこともちゃんづけで呼んでたよね?」
渚の言葉に、そうだっけ?と首を傾げると間髪いれずそうだよ!と返ってきた。
「凛ちゃんからやめろって言われてすぐ呼ばなくなっちゃったけど、最初は凛ちゃんって呼んでたでしょ」
そう言われてみればそうだったかもしれない。もうずいぶん昔のことだから、朧げではあるがそんな記憶もある。思い出せるのは凛ちゃん、と呼ばれて耳まで赤く染めた凛。
「あれ?凛、そういえばあの時顔真っ赤だったけど」
何でだっけ。と考え込む俺に渚が人差し指を突き出してちっちっと揺らす。
「それはね、凛ちゃんも青かったってことだよ」
もしかしたら今もまだ真っ青かもしれないね。なんてわけ知り顔で話す渚に、俺はますます分からなくなった。



2013/08/15 17:14


▽笹真ドライブの少し前


もぐもぐとピザを咀嚼し、笹部コーチの肩口に頭を預けて体重をかける。重い!と聞こえた気がするけれど、知らないふり。伸びきって千切れるとけたチーズを口の中に収めていく。
「コーチ」
「おう。どうした」
「ピザ美味しいです」
「そりゃまあ、俺が作ったからなあ」
「今度はもっとサラミを多くしてください」
「おまっ……、しゃあねえなあ」
笹部コーチの広い手が俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。乱暴な手つきは嫌いじゃないから、美味しいピザと合わさって幸せな気分。
「真琴」
「はい。なんですか」
「それ食べ終わったら、ドライブでも行くか?」
一も二もなく頷いた。そうと決まればのんびりピザを食べている場合じゃない。少しでも長く、笹部コーチとのドライブを楽しむために、ピザを頬張る俺を見て笹部コーチは楽しげに笑った。



2013/08/15 17:12


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