▽ハルちゃんを振ったまこちゃん


あなたが好きだったの。今も。今も。
イヤホンから流れてくる歌声。俺は短い階段の下で、振り向くことのないハルの背中を見送った。
俺を好きだと言ったハルに、友達でいようと答えたこと。後悔したりはしないし、正しかったと信じている。ハルには多分、俺よりもっと輝かしい未来があって、そこに恋人としての俺が存在するわけにはいかないから。
ねえ、俺はハルの未来を守りたいんだ。だからごめん、と声に出さず告げる。
俺もハルのことが好きだったよ。歌に合わせて小さく呟いたけれど、聞こえていた音楽はいつの間にか止まってしまっていた。



2013/08/22 12:33


▽ヘアピンしてるまこちゃん、怜真


部室を訪れた真琴先輩に、違和感を覚えてふと気付く。長くはない前髪を横流しに留め、控えめに存在を主張する可愛らしい花付きのヘアピン。
「どうしたんですか、それ」
思わずそう尋ねた僕に、真琴先輩は苦笑しながら答える。
「渚とコウちゃんがね、俺に似合うと思って買ってきたんだって。それで、さっきつけられちゃって……」
成程、とひとり納得する。優しい真琴先輩のことだから、二人の純粋な好意を受けて、外すに外せなくなったのだろう。
気になるのか、指先で何度もプラスチック製の花に触れながら、恥ずかしいのか真琴先輩がほんのり顔を赤くする。
「やっぱり、変だよね。明らかに女の子がつけるものだし」
「いえ、変ではないと思います。よくお似合いかと」
真琴先輩の言葉をすぐさま否定する。変だなんてとんでもない。むしろ、そう。
「とても可愛らしいと思いますよ」
僕の正直な感想に、真琴先輩はぱちりと一度瞬きをして、
「みんな同じこと言うんだね」
面映そうにはにかんだ。前髪に揺れる黄緑色の花が、反射してきらりと輝く。



2013/08/22 12:32


▽イケメン渚くん、渚真


笑って、マコちゃん。俺の目を真正面から捕まえて、渚が言った。真剣な顔だった。いつもの渚じゃないみたいで、すごく、どきどきする。
甘さの消えた渚の表情。幼い印象はどこにもない。俺の知っている渚じゃない。でも、その手の感触が、誰よりも俺に伝えてくる。あたたかい温度。少し出っ張った指の骨。間違いなく渚の手のひらだ。
笑ってよ。僕のために。優しく、自分勝手に渚が望む。俺はぎこちなく頬を軋ませる。忘れてしまいそうだった笑みの形に、乾いた唇を動かした。



2013/08/21 12:33


▽少し未来で同居する怜真


揃いのマグカップにお湯を注ぐ真琴先輩の背中を、リビングに置かれたソファー越しに眺める。インスタントコーヒーのいい香り。中身をぐるりと一混ぜして、両手にマグカップを持った真琴先輩が僕に紫色の方を差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
濃い琥珀色をした液体を、唇の先で冷ましながら飲む。僕好みに整えられた軽い苦味が口に広がる。
「濃すぎたりしない?」
「大丈夫です。とても美味しい、インスタントだとは思えない位に」
「大げさだな」
そう言って真琴先輩は笑うけれど、本当に美味しいのだ。なんの変哲もないただのインスタントコーヒーだというのに、自分で淹れてもこうはいかないだろう。
きっと真琴先輩は僕自身より、僕の好みを把握している。それがとても嬉しくて、コーヒーの味が舌に染み込む。幸せとは何気無い、こんな日常のことを言うのだろう。



2013/08/21 12:32


▽御子江の映画デート


この人は、思っていたより感傷的なのかもしれない。御子柴さんに対して私がそう思ったのは、二人で訪れた映画館。私が観たいと言った恋愛映画の、ラストシーンで声を押し殺して涙を零す、御子柴さんに気づいた時だった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ありがとう」
私の差し出したハンカチを受け取って、御子柴さんはその目元に滲んだ涙を驚くほど繊細な手つきで拭った。映画の余韻が残っているのかな。こういうのって普通逆じゃなかったっけ。疑問を抱く私に向かって、ひととおり落ち着いた御子柴さんが恥ずかしそうに少し微笑む。
「情けないところを見せたね。ハンカチは、洗って返すよ」
「そのままで大丈夫ですよ」
「そうもいかない。……それに、このハンカチを口実にして次の約束を取り付けるつもりだからね」
悪戯染みた御子柴さんの顔。付き合うようになってから、御子柴さんは時々そんな子供みたいな顔をするようになった。気を許してもらえてるみたいで、なんとなく嬉しい。
わかりました、と告げる。御子柴さんは笑みを深くして、優しく私の手を取った。ハンカチのお礼にご飯でも奢るよ。お腹空いただろう?そんな提案に今度こそ、私は素直に頷いた。



2013/08/20 18:01


▽ハルちゃんに依存するまこちゃん


誰かに縋り付いて泣きたい時、いつもそばに居たのはハルだった。そんな時に限ってハルは、大好きな水には目もくれないで俺のことをじっと見つめている。その瞳の群青色。海の色が俺を貫いた。
がらんどうのような心がハルに満たされると溢れた感情は涙に変わる。ハルは伝い落ちる涙を拭って、俺に体温を分け与える。雨のような優しさを俺に降り注がせる。そうして初めて思い出したように、清かな息継ぎを始めるのだ。
俺はきっと、ハルがいないと涙も、呼吸さえ零すことができない。水の中でしか生きられない、まるで魚のように。



2013/08/20 18:00


▽謝らないでよ、渚真


「あ、深爪」
俺の手を弄んでいた渚が、左手の人差し指をじっと見つめた。指の先よりほんの少し短くなった爪に触れ、渋い顔をした。
「昨日切りすぎちゃって」
「気をつけなきゃ。ばい菌が入っちゃうよ」
「うん、ごめんね」
どうして謝るの、と渚が尋ねた。どうしてだろうね、と俺は答えた。渚はますます難しい顔をした。どうしてかな、ごめんね渚。俺の唇を渚が塞いだ。



2013/08/20 00:08


▽水に住めない江ちゃんのひとりごと


私はあのひとのように、水の中のいきものではないから。貴方を追いかけることもできない。汀でひとり佇んで、鮮やかにその身を翻す貴方をただひとり、待つことしかできないのに。
貴方はそんなことも知らないで、無邪気に、残酷に、こちらへおいでと私の手を引っぱって。溺れてしまうと言っているじゃない。聞こえないふりをしないでください。私と貴方は住んでいる場所が違うのです。決して交わることはない。どうしても。泣き喚いたって。



2013/08/20 00:07


▽子猫が羨ましいハルちゃん、遙真


白い子猫と戯れる真琴の姿を眺めていた。やわらかく緩んだ目元と、口はし。階段の中ほどに腰掛けて、猫じゃらしを振っていた真琴が俺の態とらしい足踏みで漸く、こちらの存在に気付く。
「あ、ハル。おはよう」
「ああ。おはよう」
「今日は少し遅かったね?」
「そうでもない」
お前が気づいていなかっただけだ、とは口にしない。気づかれないようにしたのは自分なのだ。ただ、子猫の受ける真琴の眼差しを、羨望の想いで見つめていたことなどとうの真琴は知る由もない。
そっか、と短く、真琴が笑う。俺は口中で息を吐く。この心の裡全てが余さず真琴に伝わればいいのに。



2013/08/19 17:42


▽まこちゃんにときめく瞬間、怜真


「怜ちゃんがマコちゃんにきゅんとするのってどんな時?」
「はあ、なんですか突然」
「いいから答える!」
「そうですね、例えば……。ああほら、ちょうど真琴先輩が。真琴先輩!」
「あっマコちゃんがこっち向いた」
「ここからですよ」
にこーっ。ひらひら。
「……とまあ、こんな感じで目が合うとにっこり笑ってくれたり、手を振ってくれたりした時にきゅんとしますね」
「あーこれはするね。うん、きゅんとするよ怜ちゃん」
「でしょう?……僕のですよ」
「心配しなくても分かってるって!」



2013/08/19 00:29


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