▽お互いを好きで嫌いな怜真


「好きとは、どういうことでしょうか」
「難しい疑問だね」
「ずっと考えているのですが、どうもはっきりしない。ありきたりで、何処かで聞いたようなことばかり浮かんでくる。真琴先輩なら分かるのではないですか」
「怜が分からないものを、どうして俺が分かると思うの」
「そうですか、残念です。この疑問に答えが出れば、僕はなにかとても大切なものを得られるような気がする」
「得られるものが大切だとは限らないよ。知らない方がいいこともある」
「そういう言い方をするということは、やはり真琴先輩は僕の求める答えを持っておられるのですね」
「そうだね。そうかもしれない」
「教えてください」
「嫌だ」
「どうしても知りたいのです」
「嫌だよ。知らないでいてくれよ」
「どうして。何をそんなに恐れているのですか。答えを得ても僕は僕だ。あなたの知る僕のままでいる」
「約束は信じないことにしてるんだ」
「強情ですね」
「怜もね」
「僕はあなたのそういうところが好きですよ」
「俺は怜のそういうところが嫌いだよ」



2013/09/20 17:36


▽彼の親愛なる友人について、怜ちゃんと渚くん


「ねえ、それじゃあ怜ちゃんはどうしたいの?」
僕にそう問いかけた渚くんは、僕自身の呟く言葉の裏にある疚しい感情を見透かすような目をしていた。彼は聡い人だった。僕が必死になって覆い隠そうとすることを、全て白日の下に明らかにしてしまわなければ気が済まないような、残酷な人だった。渚くんが僕の言葉を待っていた。僕の心にこびりつく願望を、一緒になって剥がそうと努力してくれているみたいに。
「僕、は」
「うん。怜ちゃん自身の意思だよ」
「僕は、あの人と、」
四面を窓に囲われたような、狭い世界で少なくとも僕はただひとりではなく、独白にしかなり得なかった本心に耳を傾ける人がいる。二度と口にすることは無いと、形になることはない筈だった僕の心が、穏やかに温度を取り戻して。
漸く、吐き出した言葉を確かに聞き届け、渚くんはまるで彼だけ一足早く大人になってしまったかのような表情を浮かべた。それこそ、渚くんが僕にとって親愛なる友人であることの、何より確かな証拠だった。



2013/09/20 12:16


▽自己犠牲が過ぎるまこちゃんに苛立つハルちゃん


「ハル、マフラー忘れたの?」
じゃあ俺のを使いなよ、という言葉に反論する前に、真琴がいつも愛用している緑色のマフラーが首元に巻きつけられた。抗議の色を視線に込める。
「お前のマフラーはどうするんだ」
「俺はいいよ。寒さには強い方だし」
「そういう問題じゃない」
そういう問題では、ないのだ。俺は苛立っている。真琴のそういう、過剰なまでの自己犠牲が嫌いだった。真琴はどうして俺が怒っているのか、分からないような顔をする。本当は、ちゃんと分かっているくせに。



2013/09/19 20:36


▽これから先もずっと一緒にいる凛真


真琴の手から滑り落ちたグラスが割れ砕け、透き通った音を立てる。散らばった欠片を拾おうとして伸ばされた真琴の手を掴み、首を振った。
「触んな」
「でも、」
「いいから」
破片の届かなかった場所から痛ましげに此方を見つめる、その視線に晒されながら手早く硝子を片付けていく。そろそろ食器は全て、割れないものに変えるべきなのだろう。食器だけでなく、他のさまざまな、日々真琴が触れるものは全て。仕方のないことだ。それを疎ましいなどと、誰が思うはずあるものか。
凛の視界の一番端で、真琴はぼんやりと自らの手のひらを見つめ、何度も指を曲げ伸ばしていた。まだ動く、その事実を確かめているみたいに。



2013/09/19 07:36


▽怜ちゃんからの告白について、怜真


毎日最初に顔を合わせる時、怜は決まって挨拶のあと、冗談にし難い真剣な声音で俺のことを好きだと繰り返した。もう何度、告白されたのだろう。数えていないから正確なところはわからないし、そもそもこの習慣じみた行為がいつから始まっていたのかさえ、今となってははっきりと思い出せない。少なくとも、もう、ひと月は言われ続けていると思うのだけれど。
最初は軽くあしらっていた。妙な冗談を言うのだな、なんて呑気に構えていたりした。そう思わなくなったのは、ある時はいはい、と流したあとに、レンズ越しの怜の目が悲しげに歪んだのを見てしまったからだった。



2013/09/18 17:46


▽ナチュラルな渚真を見守る怜ちゃん


口いっぱいにピザを頬張る渚くんの、口はしについたトマトソースに気づいて真琴先輩が手を伸ばした。
「渚、ついてる」
親指の先で掬い取ったトマトソースをなめらかな動作でぺろりと舐め、渚くんもそれが当然のように「ありがと、マコちゃん」なんて言っていて。
目の前でそんなことをされる僕の心情といったら、それは、それは。
「……あてられそうですね」
なるほど、無自覚が一番恐ろしいとはこういうことか。僕は深々と嘆息した。



2013/09/18 12:55


▽小難しく告白してくる怜ちゃん、怜真


「おはようございます。今日も美しいですね、真琴先輩。好きです。僕と付き合ってください」
そんなこと言われたって、困る。
「なんで、俺なの。怜ならもっと、可愛い女の子とか」
「僕は常々、僕自身の価値観が特殊であることを自覚していました。真の意味で僕と価値観を共有してくれる人は、きっと生涯現れないだろう、とも。ですが、理解してしまえば、こんなに美しい理論はなかった。僕は自らこの美しい理論に、不必要な仮定と予測を織り込みすぎて、つまらなく凡庸な理論であるよう信じたかっただけなのです。つまり、僕は貴方が好きだ。分かりましたか?」
「いや、わからないけど」
分かるわけないだろ、怜が何を言っているのかさえ。



2013/09/17 18:00


▽地区大会前の江ちゃんと渚くん


「やっほー江ちゃん、早いね!」
そう言って部室に飛び込んできたのは、ここまで走ってきたのだろうか、男の子にしては白い頬を薄っすら紅潮させた渚くんだった。左腕にはいつもの通り、怜くんが捕まえられている。痛いですよ!引っ張らないで!!うん、今日も怜くん元気だなあ。
床に広げていた習字半紙を手早くまとめて、二人が通れるようにスペースを空ける。渚くんが私の手元を覗き込んで、ぱちぱちと瞬きをした。
「またそれ書いてたの?」
「うん。県大会も終わったから、今度は地区大会までの日付をね」
「そっかあ」
地区大会まであと20日!文面を見つめて渚くんが笑う。
「楽しみだね、地区大会」
その顔が本当に嬉しそうで、私まで素敵な気分になった。



2013/09/17 12:06


▽アイスで頭がキーンとなるまこちゃん、怜真


「なに食べてるの」
隣ににじり寄ってきた真琴先輩が僕の手元を覗き込む。かじりかけの水色の氷菓子を目に留めて、真琴先輩は少しの間逡巡したあと、あーんと口を大きく開けた。その口元にアイスを運んでやると、しゃくりという軽やかな音を立ててアイスから角が一つ消えた。
「……冷たい」
「アイスですからね」
「う、頭が」
「大丈夫ですか?冷たいものを食べることによって引き起こされる頭痛は、主に口内が急激に冷やされたことが原因です。口の中を温めるといいですよ」
「……じゃあ、あっためてよ。怜」
真琴先輩がなにを望んでいるのか、間違いなく理解した僕は、冷えて薄紫になった唇に半ば噛みつき、そして。



2013/09/16 19:53


▽少し未来で同居中な怜真


右手に携えたビニール袋には、真琴先輩が美味しいと言ったチョコプリンと、ヨーグルト。鉄製の階段を音を立てて登り、最近少し建て付けの悪い扉の横のチャイムを押した。
ぱたぱた、と慌ただしい足音。鍵の開けられる音がして、扉の向こうから顔を出した真琴先輩がふわりと笑う。
「おかえり、怜」
「ただいま戻りました。これ、お土産です」
差し出したビニール袋の中身を見て、真琴先輩は顔をほころばせた。お茶淹れるね、そう言ってぱたぱたと室内に舞い戻る。その背を追って、玄関に足を踏み入れた。
僕が選んだエプロンを身につけて台所に立つ真琴先輩の、背中を抱きしめ、肩口に鼻先を埋めてみる。落ち着く匂い。怜?と、優しい声がする。僕がもう一度、ただいま、と言うと嬉しそうに返されるおかえりの言葉が心地よかった。



2013/09/16 13:54


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