▽思索に耽る怜ちゃんの話、怜真


願望と、祈りという言葉があって、どちらか選ぶとしたら願望の方がエゴイズムで美しい。僕はそう、思うけれど、真琴先輩はどうなのだろう。
とりとめのない、不安定な思考。僕はこうして時折、何の意味もないような些細なことを、考えて、思索に沈むのが好きだった。そこに真琴先輩という存在が加わったのは、僕と彼とが付き合い始める前、僕の長いようで短い片思いの日々からだ。その感情に双方向性が付加されてからも、僕はいつものとりとめのない思索で、真琴先輩を引き合いに出すのをやめたりはしなかった。少し屈折してはいるが、これもまた、彼のことを知りたいという願望ゆえにもたらされることなのだろう。言葉は知りたいという願望から生まれ出る、ある意味とても利己的なものだから。
僕は思索する。主題はいつも、真琴先輩だった。



2013/10/03 08:18


▽怜ちゃんを救えないまこちゃん


「どこに行っていたんですか」
「どこって、……ちょっと、ね」
「また、遙先輩と一緒だったんでしょう」
「……だとしたら、何?怜が心配するようなことは無いよ」
怜が、苦しそうな顔をする。薄い唇を血がにじむほど噛みしめる。ああ、また、そんな顔をして。
俺無しでは身動きの取れない怜を、とても哀れで、いとしいと思う。苦しむ怜を救うには、どうしたらいいのか、分かっているのに、俺にはその言葉を口にするだけの覚悟も、勇気も、存在しない。



2013/10/01 12:02


▽凛ちゃんが好きで仕方ないまこちゃん、凛真


顔色が悪い。そう言って伸ばされた凛の手が俺の額に優しく触れた。短い前髪を掻き上げて、額の温度を確かめる。
「熱は、ねえな」
「大丈夫だよ」
「お前の大丈夫は信用できねー」
俺のことを咎めるみたいに、不満そうな目をした凛が唇を尖らせる。まるで子供みたいな顔。俺は思わず笑ってしまう。
「なにが可笑しい」
「なんでもない」
「お前のなんでもない、も信用できねえんだよ」
「信用無いな、俺」
しゅん、と肩を落としてあからさまに沈んでみせると、凛は慌てて先ほどの言葉を取り繕う。そんなに必死にならなくても、ちゃんとわかってるって。
「ばっ、んな意味じゃねーよ!落ち込むな」
「…………っ」
「真琴?……おい、お前何で笑ってんだ。おい!」
だから、ちゃんとわかってるったら。ああダメだ、笑い声が止められない。



2013/09/30 18:40


▽まこちゃんの朝


まだ覚醒し切っていない身体を半ば無理やり動かして、制服に袖を通していくと少しずつ意識がはっきりしてくる。

今日授業科目は何だったっけ。確か数学と、現文とあとは……そういえば、お腹空いたなあ。今朝のパンにつけるジャムはマーマレードにしようかな。ああそれと、ハルを迎えにいかなくちゃ。なんだか今日はハル、いつもより長く水風呂に浸かっていそうだ。そんな気がする。ハルといえば、放課後の部活楽しみだなあ。今日はいつもの基礎メニューに、リレーの引継ぎ練習だっけ。怜もずいぶん上達したし、タイムは測る度に良くなってる。陸上から水泳に転向して、ここまで飲み込みが早いのは元々の素質なのかな。渚も怜からいい影響を受けてるみたいだし、最近はタイムも伸びてきてる。あの二人は本当に仲がいいから。あ、そうだ。水風呂からハルを引っ張り出すために部活を引き合いに出そう。広いプールで泳げるからって言えばハルも聞いてくれるかな。うん、そうしよう。

ちら、と部屋の時計に視線を向けると思ったより時間が経っていて、俺は慌てて着替えを済ませ階下のダイニングへと降りていく。軽く息を吸い込むと、空気に混ざる朝食の匂いが鼻腔をくすぐった。

あれ、今日はご飯とお味噌汁だ。それじゃあマーマレードはまたにして、のりたまで朝ごはんにしようかな。



2013/09/30 12:19


▽執着心の薄いまこちゃんの話、遙真


真琴は昔から、全てにおいて執着の薄いところがあった。例えば幼い頃、一心に絵本を読む真琴を、俺が何の気なしにじっと見つめていたら、真琴はそれまで食い入るように読んでいたその絵本に執着ひとつ示さず、はいどうぞ、と俺に差し出した。別に俺はその絵本を読みたかったわけではない。けれど真琴は、先回りをして、自分にとって大切なものも、全て人に譲ってしまえる。俺がなにか、真琴の大切なものを欲しいといえば、真琴は僅かも躊躇わずに、わかった、いいよ、と与えてしまうのだろう。なんて、哀れで痛ましい。自己犠牲は真琴にとって備わった資質のひとつなのか。大事なものだから、と拒絶するか、せめて躊躇う素振りでも見せればまだ救いようはあったものを。



2013/09/28 16:55


▽汝右の頬にキスされたら左の頬も差し出せ、怜真



真琴先輩の右頬にキスをする。温度の高い皮膚の感触が、一瞬触れて離れていく。僕の心臓はこの上なく煩くて、つま先から頭まで熱い血が顔に集まっていた。息がくるしい、好きだ、どうしよう。そんな思いに身を任せて、真琴先輩にキスをしてしまった。頬が限界だったけれど、でも、キスはキスだ。
瞬きした真琴先輩が、少しだけ考え込んでから面映そうにふわりと笑う。
「こっちだけ?」
とんとん、と右頬を指先で叩き、真琴先輩は何かを促すように意味深な目をする。僕は思わず息を飲んだ。どうにも落ち着かなかった。望まれていることを理解して、覚悟を決める。先ほどキスをしたのと反対側の頬へ、同じように口づけた。真琴先輩が、驚いている。
「そうじゃなくて……、まあ、いいか」
なにか間違っていましたか、尋ねる前に真琴先輩の顔が近づく。口が塞がれた。



2013/09/28 12:16


▽水面下の戦い、凛+怜→真


「真琴はハルに依存してる。でも、相手に対して盲目なのは真琴よりハルだ。アイツは真琴の何もかもを見てやがるし、何もかもを見ないふりしてやがる。病的で、誰も救われねえ。それを望んでるのが真琴自身である限り」
凛の言葉。怜は僅かに目を見開く。少しだけ楽しそうに唇を吊り上げる。
「まさか、僕と同じことを考えている方がいるとは思いませんでした。これではっきりした。やはりあなたは僕のライバルだ。真琴先輩のことをそんなに、分かっている、あなたも彼が好きなのですね」
あなたに真琴先輩は渡さない。どこか喜悦に彩られた口調。厄介なものに目をつけられた。凛は思う。そしてこれが、避けられない事態であったのだろうということにも気づいている。



2013/09/27 17:37


▽ちょっと物騒なまこちゃんと渚くん


「好きよあなたが、殺したいほど」
なんだかとても物騒な歌を、マコちゃんが口ずさんでいたから僕は静かに耳を澄ませた。
「ほんとのきもちはひみつだよ」
秘密らしい。マコちゃんのほんとのきもちってなんだろう。あんまり楽しそうに歌っていたから、結局最後まで聞いてしまった。僕がひょこりと顔を出すと、マコちゃんは驚いた顔をする。
「いつからいたんだ?」
「好きよあなたが、から。ねえ、今のってなんの歌?」
「ん?ああ、うん。なんの歌かな。この間ラジオで聴いたんだ」
妙に耳に残っちゃって、苦笑いしながらマコちゃんが言った。確かに、この歌耳に残る。一度聴いただけなのに、僕も結構覚えてしまった。好きよあなたが、殺したいほど。聞けば聞くほど物騒だ。好きなら殺したりしないんじゃないの。僕の問いかけにマコちゃんが微笑む。
「どうだろう。それぐらい好きってことなのかもね。ちょっとだけ、分かる気がする」
「ふうん……」
好きだから、殺したいだなんて。その気持ちが少し分かってしまうだなんて。
「マコちゃんの恋人になる人は、きっと大変だね」
思わず呟いたその言葉に、マコちゃんは声を上げて笑った。それから、もしそんなこと言ってたら教えてよ、なんて楽しそうに僕に告げた。あれ、ということは、マコちゃんって。
「僕の知ってる人と付き合ってるの?」
「……秘密」
それ以上、何度尋ねても、マコちゃんはいたずらっ子みたいに笑うばかりで結局答えてはくれなかった。



2013/09/27 12:59


▽七夕の夜の怜真


七月に入って七度目の夜。雲に覆われて星の見えない夜空を見上げた真琴先輩がぽつりと呟く。
「雲の向こうは晴れてるかな」
「織姫と彦星の心配ですか」
「……昔ね、ハルが言ってたんだ。織姫と彦星が会えないと、七夕のお願いは叶わないんだって」
「そんなに重要な願い事を?」
「んー……、大事だけど、叶えてもらえなければ仕方ないなって思う。自分でどうにか、するよ」
「ずいぶん美しいことを言うのですね」
「そうかな?」
「少なくとも僕は、願い事の全てを他人に譲渡することのない貴方の心を、美しいと思います」
「怜の美しい基準は相変わらずよく分からないな」
「ところで、どんな願い事をしたのですか?」
「えっ?……それはほら、秘密」
「人に言うと叶わないから、ですか」
「単に恥ずかしいからだよ」
「そうですか。ちなみに、僕も貴方と一緒にいたいです、真琴先輩」
「……性格、わるい」
いつの間にか夜空には目もくれず、目元を赤く染めて僕を見る、真琴先輩に手を伸ばす。願わくば僕たちの願望が、誰の目にも触れることのないように。



2013/09/26 17:52


▽マックでデートする渚真


ファストフード店の二階席で、渚がもぐもぐハンバーガーと、揚げたてのポテトを頬張っている。本当に、頬張っているという言葉そのものだ。そんなに急いで食べなくても誰も取ったりしないのに、口の中に目一杯詰め込んで、両手にそれぞれ食べ物を持って。年の離れたお姉さんたちとの、よっぽど理不尽な生存競争でも生き抜いてきたのかな、なんて思う。渚は、こうならなければ、好きなおかずのひとつも食べられなかったのかもしれない。
「はべまいも?まほはん」
「口の中のものを飲み込んでから喋りなよ」
「……っ、食べないの?マコちゃん」
それ、と渚が指差したのは、注文してはみたもののなんとなく手をつける気が起きなくて、そのまま置いているナゲットの四角い箱。俺はささやかに声を出して笑い、渚の方へと箱を押しやる。
「いいよ。食べても」
「ほんと?」
「アップルパイだけで十分だったみたい」
「やったあ!ありがとう!」
喜々としてナゲットを頬張りだす、渚のハムスターみたいな顔を見つめる。かわいいな、と思うけれど、俺はそのかわいい顔がいざという時とてもかっこいい、渚の顔になるのを知っている。思い出すとどきどきして、鼓動がはやくなったので、ごまかすように渚のポテトに手を伸ばすと快く差し出してくれた。俺の摘まんだ長いポテトはなんだか妙に塩辛かった。



2013/09/26 12:20


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