お前、笑わないよな
「そんなわけで、カカシって言ったけ。
お前、もう上忍でしょーぉ。任務はここ二ヶ月卒なくこなしてるって聞いてるし。そっちはどーでもいいから。あっちとこっち教えといてって四代目から言われてるんだけどさぁ。どっちからやりたい?」
「どちらでもいいので、とりあえず口元拭いてもらえませんか」
そっち、あっち、こっち、どっちと言われても。ミナト先生と貴女のやりとりを知らないオレが、指示語の指す先を知るわけがない。
それより、あんこのついてる口元くらい拭いて欲しい。見ているだけで、先程の小豆の山が目に浮かび胸焼けがしてくる。
「貴女、一体何歳なんです」
「女の人に年齢聞くなんてなってないなぁ。技磨く前に男磨いたらぁ?」
団子が刺さったままの串を向けられて、ひょいひょいと諌められたが。
少なくとも太陽が頭の上に登っているこんな時間に、里の甘味屋の一角陣取って。一体、その小柄な身体のどこに入るやら。
新作ぜんざいを山盛り三杯も平らげてから、おはぎ、きんつば、たい焼き。更にみたらし団子を咥えているような女には言われたくなかった。
「暗部ってああじゃん」
「はい?」
「重いじゃん。忙しいしぃ」
「ああ」
「だから普段こんな感じなのぉ」
「こんな、感じ」
そう言われて、ここに来るまでのことを思い起こす。
待ち合わせの時間に遅れてきては、歩くのが面倒だからと人の背中に張り付き。ガン無視したら羽交締めにされ。仕方なしに背負ってやって。行き先を訊ねるとまさかの甘美堂で。着くなり、品書きの右から左まで頼み、遠慮も作法もなしに、片っ端から甘味を食い漁ってる。
「やっぱり息は抜かないとねぇ」
「アサヒ隊長は抜き過ぎなのでは」
「あっは!クソ真面目ぇ」
「く……」
そ真面目とかいう問題か。
歩くって真面目じゃなくても歩くよね。オレがおかしいんじゃないよね。
「カカシも任務外は適当に力抜きなよぉ」
「はあ」
「いるんだよねぇ。暗部連中で、非番で会ったら、きのこ生やす気かよってくらいに辛気臭い顔しるやつぅ。普段は面被ってるのをいいことにして、ろくに笑いもしないんだからぁ」
アサヒは三つ連なっている団子を、手元からぐっと噛んで一気に外す。宙に舞ったそれらを器用に口で受け止めては頬張った。そして、もっちゃもっちゃと咀嚼しながらニンマリと笑う。
「お前もちょっとくらいは笑いなよぉ。無理矢理作った笑顔でも、そのうち笑えてくるもんだし。笑うことは、罪じゃないんだからさぁ」
あんこの次はみたらしのタレか。
顔についているそれがいい加減気になって、オレは言われていることにまるで集中できなかった。
▽
その後。
甘美堂で胡麻団子を三人前持ち帰りにしたアサヒに道案内されるまま、オレは日向の屋敷の裏。その潜り戸から敷地内へと踏み入った。
「あの、本当にオレが入ってもいいんですか」
「いーの、いーの。見つかっても気絶させるだけだからぁ」
それダメなやつ。
(ま!最悪、人の背中で寛いでるコイツになすりつければいいか)
ふと。
初対面で言われたことを思い出した。
『当主様であるお父上からの餞別ぅ』
額の呪印を見せてそう笑った彼女。父親が当主だから、こんなことをしても許されるのだろうか。
(いや。許されるくらいなら、呪印なんかつけられてはいないか)
日向には宗家と分家がある。
とりわけ、日向は掟に厳しいと聞く。家と血を守るため、宗家に有利な条件が多く、片や分家は肩身の狭い思いをしているのだとか。
雲が月を隠している間に、木の影から出て屋敷の方へ回る。言われるままに進んだそこは、長屋のようになっていた。
(それよりも気になるのは)
彼女の見た目。
確か、日向の当主にはご子息がいた。彼はオレより一回り以上歳上だったと記憶している。アサヒが彼の姉、または妹だとしても。
(背中の彼女は若過ぎる)
言動はこの際捨ておこう。考え出したら頭痛がするだけでキリがない。
見た目だけでいえば、精々十四、五。
「アサヒ隊長」
「なーに」
「ご兄弟はいらっしゃるので」
「へー、そっちが気になるんだぁ。面白いねぇ、カカシは」
ケラケラと笑ってくれるが、今そんなに声を立てないで欲しい。こっちは枝を踏むのも躊躇しているくらいなんだから。
アサヒはそこ左の部屋ね、と言いながら、オレの肩に置いていた手を首に回してぐっと凭れて来た。
「弟が二人いるよぉ。双子のね」
「弟、ですか」
「外見なんて簡単に変えられるよぉ。チャクラの扱い方。ちょっと特殊だけど、それ覚えちゃえばねぇ。十五歳のこの見た目が一番気に入ってんのぉ」
術で姿を変えている。
つまり、この人の実年齢ってーーー。
部屋の前に辿り着いた途端。
背中から手を伸ばして障子を開けた彼女に、オレはそのまま中へと押し倒された。
「な……!?」
「あっは!だめじゃーん。誘われるまま、女の人の部屋に勝手に入ったらさぁ」
突き飛ばされたの間違いだ。
起きようとするが、着いた後ろ手が滑った。見るとそれは本で。
暗闇の中目を凝らすと、そこかしこに物がしっちゃかめっちゃかに散らばっていた。
「整理整頓は」
「しなーい」
オレが逃げるより早く、ぴしゃりと戸を締めた彼女。それから、振り解けないような馬鹿力で両手首を頭の上に拘束されて、敷きっぱなしの布団に転がされた。
「ねぇ、カカシって童貞?」
「……は?」
「女を抱いたか、女に抱かれたことがあるかって聞いてんのぉ」
「ありません」
「ふーん」
オレは答えながら覆い被さってくる彼女から逃れる手を模索しようとしたが、あろうことか空いている手でタンクトップを捲られた。
「ちょ、待ってください!」
「童貞みたいなこと言わないでよねぇ。萎える」
「童貞なんですけど?!」
「暗部に房中術は基本中の基本なのぉ。寝床に入る前に殺るか、最中に殺るか、終わってから殺ることだってあるんだからぁ。いちいち気ぃ飛ばしてたら任務にならないでしょーぉ」
「それは、分かりますが……」
「はいはい。御託は終わった後に聞くからぁ」
終わった後じゃあ遅いんだよ、何言ってんだこの人は。
「今日は初回だしぃ。とりあえず、ーーーあたしに抱かれて、カカシ」
妖艶な声が鼓膜を震わせた。