貴方が殺すのは僕だよ
第四十四演習場。別名、死の森。
オレは襲ってくる巨大ムカデや動物を蹴散らし、森の中の所定の位置へと走っていた。
「指導、ですか」
「ん!そろそろ特定の隊長の下で、一定期間暗部としての正式な基礎訓練を積んでもらおうと思ってね」
四代目火影となったミナト先生。
彼は、オレに演習場の地図を手渡しながらそう告げた。
「そこで『彼女』が待ってる。早々で悪いが、準備が出来次第出発。合流後、即任務に当たってくれ」
「はっ」
暗部に所属して二ヶ月。
任務も既にいくつかこなしている。
(今更訓練など必要ないだろうに)
そう考えながら枝を蹴った。
ふと。眼下に複数のチャクラを感じて足を止めた。身を屈めて様子を伺う。
(背が低い。子どもか)
なぜこんなところにいる。
人数は五人。男子三人、女子二人。固まって移動していた。
オレは面をしてから木から飛び降り、彼らの前に着地した。こちらが顔を上げると、彼らは怯えた様子で互いに身を寄せ合う。
「お前たちは何者だ。どこへ行く」
返答はなかった。
男子一人が、袖に隠していたクナイを手に突進してきた。オレはそれを躱して腕を掴み、背中で捻り上げる。
見た目の歳は六歳か七歳。アカデミーに通う頃。ところが彼の動きは訓練の受けていない、まるで素人のそれだった。
「正直に話すなら、手荒な真似はしない。今のうちにーーー」
言いかけて、ゾワリと肌が粟立った。
それは戦地における勘。危険を知らせる直感だった。
「ゥゥウウウウォオオオオー!」
咄嗟に掴んでいた手を離して距離を取る。
人間じゃない唸り声。獣の咆哮が辺りに響く。
「馬鹿な」
虎がいた。目の前の子ども『だったもの』は、口の端から涎を垂らし、歯を剥き出して飛び掛かって来た。既のところで避けて、枝の上に着地した。すると、次は別の子どもが鷲に姿を変える。
(何がどうなっている)
鷲はこちらに狙いを定め、その翼を広げた。クナイを握り、腰を落とす。向こうがその地を蹴ったと同時に。
「グォオオオー……」
ズンーーー、と重たい音を立てて、虎の身体が地に沈んだ。気を取られた鷲は羽根がもげ、空から降って来た大鉈に胴体を貫かれる。
そして。
「暗部に必要なのは理想と割り切りぃ。子どもだろうと躊躇ったらだーめ」
背で女性の声が聞こえたと同時に、視界の子たちが皆倒れた。仮面の下、額から流れる汗が顎に伝う。
(何一つ、見えなかった)
肉眼で捉えられなかった動き。写輪眼であれば見ることができただろうか。否、見えたところでどうしようがある。
今まさに、死角を取られているのだから。
「ま、合流するより前だったから仕方ないか。遅いから『視て』みたら、お前の方が先に接触してるんだもんねぇ。びっくりしたよ」
然程びっくりした様子でない彼女が、ミナト先生が言っていた『彼女』であることが分かった。
「彼らは、一体」
「犬塚一族って知ってるぅ?」
問われて頷いた。
犬塚一族。代々忍犬を従える一族で、獣人変化により、自らが大きな犬となったり、術を使って忍犬と融合することもできる。
「ある研究者たちが、それを他の動物で試してたってわけぇ。しかも、戦争孤児連れてきて、動物を従えるどころか直接融合させちゃったのぉ」
「まさか」
「そのまさかぁ。一族の秘伝忍術ってのは、どいつもこいつも好きだからねぇ。してることはぶっ飛んでるけどぉ」
「しかし、その研究所を演習場に置くとは」
「灯台下暗しぃ。多少危険な動物が彷徨いても、この演習場ならもってこいだし。里内にあるなんて誰も思わないでしょーぉ。
で、その研究所の殲滅と、実験体の捕獲が今回の任務」
彼女はくるりと宙で回転して、地に降り立った。そしてオレもまたつられて降りる。
背丈はオレより少し低い。肩の高さで切り揃えられた黒髪。
年齢は分からない。語尾を舌の上で転がすような特徴的な話し方。聞き方によれば幼げなそれは、余計に歳を惑わせる。
「とりあえずそっち拘束しといてぇ。あたしはこっちやっとくから」
「はい」
彼女はオレに指示をしながら伝令を飛ばした。やってきた暗部たちが、気を失った彼らを連れて行く。それを見送り、彼女に挨拶しようとして、名を聞いていないことに気がついた。
暗部には名のない者もいる。
それは孤児ゆえに元々持ってない場合と、捨てた場合とがあるが前者が圧倒的に多かった。
その際には、面の動物の名で呼ぶことになる。ゆえに、面で呼ぶこと自体が失礼に当たることはない。が。
(なんの、面だろうか)
彼女が着けているのは、綺麗な楕円の面だった。目の周りはぐるりと縁取られ、口元はきゅうっと笑っている。顔全体はのっぺりとしており、唯一の凹凸は豚鼻ような鼻だけだ。
森の薄暗さも合間って気味悪くさえ感じるそれが、何の動物なのか見当がつかない。
否、ひとつだけ心当たりがなくもないが。暗部からかけ離れたイメージに、いやまさかと可能性を打ち消した。
「なーに?言いたいことがあるなら言いなよぉ。じっと見られる方が気持ち悪いんだけどぉ」
「隊長のお面のことなのですが」
「ナマケモノ」
「は」
「だから、ナマケモノ。特注なんだぁ」
支給されるものとばかり思っていた面。特注出来るという事情に驚くべきか。それとも、まさか打ち消した可能性が合っていたことにびっくりするべきか。
それよりも「可愛いでしょ」と首を傾げられてしまったが、これ如何。
「個性的ですね」
「でしょー」
肯定にもならず否定にもならない、苦し紛れの返答は、どうやら及第点だったらしい。
しかし、動物がわかったところで「ナマケモノ隊長」などと呼べるわけもなく。
「日向アサヒ」
「はい?」
「考えてたんでしょーぉ。あたしの面見るヤツって大概そうなんだよねぇ。で、次の疑問はこれ。
ーーー名門・日向一族の者が、暗部なんて危険な組織に所属するはずがない」
彼女は面を外した。
その下から現れた顔。薄紫がかった白い色の瞳、経絡系が隆起している眼の周囲は、紛れもない日向の証で。
「でも、あるんだよねぇ。これが」
左右に分けられた前髪。その間から、緑色の印が覗いた。
「それは」
「お洒落でしょーぉ。当主様であるお父上からの餞別ぅ」
「餞別?」
「ま、お前になら話してもいっか」
一歩というには広い。
それくらいの距離を一瞬に詰めたアサヒ。
腰の後ろで手を組み、前屈みになってオレの面の奥の目を覗き込んで言った。
「分家の証。死んだら白眼の能力、封印しちゃうよーって代物ぉ。暗部に入った歳にもらったのぉ」
「は……」
「ね、お洒落でしょ」
聞き及ばなかった名家の内情。唖然とするオレに対して、彼女はケラケラと笑って見せた。