愛すな、愛さないから


 アサヒ隊長とのツーマンセル。

 抜け忍の捜索中、枝を蹴るだけで響く腰の痛みについ顔を顰めた。白眼を発動している彼女は、振り返ることなくそれを確認して足を止める。

「少し休憩しよっかぁ」
「ですが」
「大じょーぶ。どうせ圏内入ってるからぁ。
 それより腰出しなよぉ、貼ったげる」
「……お願いします」

 促されるまま枝に腰掛けると、アサヒはポーチから湿布薬を取り出してオレの腰に貼った。暖かさがじんわりと広がって、安堵とも取れる息をゆっくり吐いた。

「若い癖にぃ」
「どの口が言いますか」
「まーだ引き摺ってんのぉ?しつこい男は嫌われるよぉ」

 痛み止めを受け取って齧りながら、オレは上等だと眉を吊り上げた。

 房中術実技全五回ってだけでも絶望ものだったのに、最終回だった昨日はあろうことが後ろを掘られた。相変わらず、なんの予告もなしに突っ込まれたのだ。そもそも。

 (なんで女が男用の淫具を持ってんのよ)

 仕事道具だとすっとぼけたこと言われたが、冗談じゃない。男を相手にする男がいることは知っている。万一ということも理解する。だが、あんな凶器をほいほい持ち出された側はたまったもんじゃない。

「せめて、こういうことは事前に仰ってください」
「なに言ってんのぉ。あーいうのはねぇ、ひと思いにやっちゃう方が楽なのぉ。やるよ、って言ったらヤダって言うでしょーぉ」

 言うだろうな、と思って口を噤んだ。しかし、心の準備くらいしても遅くはなかったはずだ。

「それにぃ、団子食べながら聞いたじゃん。あっちとこっち教えといてって言われてるんだけど、どっちからやりたい?って」
「つまり、前と後ろってことですか」
「大あたぁーりぃー」

 聞いてゲンナリした。こんな気が滅入る指導なんて受けたことがない。

「そんな豆腐メンタルでどーすんのぉ。この先お前が隊長になったら部下の指導するのにさぁ」
「え」
「ヤるよぉ、掘るし」

 嘘でしょ。

「言ったじゃーん。暗部に必要なのは」
「理想と割り切り」
「あっは!生意気ぃ」

 オレは額を抑えて息を吐いた。

 もう嫌なんだけど、この人の相手。

 ガイとのライバル対決の方が数千倍マシだと思う日が来るとは夢にも思わなかった。

「ということは、この任務で訓練は最後ですか」

 四代目から、あっちとこっち教えといてって言われていて。あっちとこっちは一応習得済み。これ以上彼女から教えられることはない。ない、と言ってくれ頼むから。

 うんざりして訊ねると、アサヒは態とらしく目を瞬かせ、指先で自分の顎を撫でながら言った。

「うーん、そうだねぇ。それでもいいけどぉ」
「けど?」
「お前がこの任務、合格点取れたら、ね」

 薄い紫色の瞳が、まるで試すようにこちらを見据えた。




 抜け忍の捜索。
 それは捜索という名の死体処理。追い忍と呼ばれる死体処理班の仕事だった。

「今の戦時下はどこもかしこも人手不足だからぁ。お前は飲み込みいーから、一回教えれば補充人員くらいにはなれるでしょーぉ」
「はあ」
「足りない時に呼ぶからぁ」
「結構です」
「あっは!絶対呼んでやる」

 追い忍。
 なるほど、彼女の眼をもってすればこれほどの適任はいない。

 二本先の木を跳んでいたアサヒが立ち止まり、低く手を上げて静止を伝えた。オレは彼女に並んで立った。木の裏側、落とした視線につられて見ると、四人の忍がいる。そのうち一人は、暗部だった。

 (まさか、暗部にも抜け忍が)

 顔を上げて彼女を見ると首肯する。

「手引きするやつがいないと、こんなに上手く国境まで来られるわけがないでしょーぉ」

 口の動きだけでそう言った。

「ここから西にもう少し進むと雲の国との境がある」
「雲の国とは」
「敵対してるねぇ」

 つまり、自分の持っている木ノ葉の里の情報を差し出す代わりに、身の安全を求めて亡命する可能性があるということ。

「立ってる全員、始末するよぉ」
「分かっています」

 一気に突いて終わらせる。

 オレは額当てをずらして写輪眼を発動させる。そして印を組み、雷切を右手に纏った。

 鳥の地鳴き。不審に思い、辺りを見渡す三人に対し、暗部は散るように指示するが。

 (遅いよ)

 一人、二人、三人。

 (あと一人)

 追撃しようとした矢先。

「おぎゃぁああ」

 暗部の腕の中で、赤ん坊の泣き声が聞こえた。彼に当たる寸前で手が止まる。

「た、頼む……、見逃してくれ……!亡くなった妻との子どもなんだ……、せめて、この子だけでも……!」

 聞き覚えのある声。
 膝を折って懇願するそれは、暗部に入ってから何度か組んだことのある人のものだった。

『立ってる全員、始末するよぉ』

 アサヒ隊長はこう言った。
 万一オレが見逃したとしても、木の上に控えている彼女からは逃れられない。

『子どもだろうと躊躇ったらだーめ』

 彼の腕の中の赤ん坊がこちらを見上げて。そして、笑った。

 (すまない)

 オレは鳴き続ける手を、その人に向かって突き刺した。
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