子供が無邪気なんて誰が決めた
この地を踏むと思い出す。
あのものぐさは、今どうしているだろうか、と。
▽
不本意ながら、ふたり仲良く水堀りに落ちた後。
「っは」
六夜の服を引っ張って、死に物狂いで水を掻き分けた。息絶え絶えで陸地に這い上がり、彼を背負って野次馬に見つからないよう影を縫いながら街を出る。
「へえ、器用なものだ」
「殺すぞ黙ってろ」
「おお……いつになく攻撃的だねえ」
誰のせいでこうなったと思ってる。
死なせるわけにはいかないと言われて、死にかけたのはこれが人生で初めてだ。
本当はオレを殺したかったのではないかと疑いたくなるくらいに壮絶な脱出劇だった。
道を外れて、林に入った。
木の根元に六夜を下ろし、オレもその場に座り目を閉じて呼吸を整える。
(これで多少疲労は取れる。後は)
感覚を研ぎ澄ます。
何度か感じた気配。忍衆がこちらへ向かっている。
「見誤ってはいけないよ。君との契約は昨日で終わっているはずだ」
六夜は、顔を上げたオレを制するように言った。
「もう行きなさい。木ノ葉には、これで貸し借りなしだ」
「義を見てせざるは勇なきなり」
「!」
「勇将の下に弱卒なし」
己のためには指一本動かさなかった男が、オレのために腰を上げた。
理由としては十分だった。
「相手は忍の君が想像に及ばぬほどの莫大な情報と資金を動かし、中小国をも手の平の上で転がす短冊街の主だ。下手に触れると里にも火の粉が降りかかるぞ」
「何の話をしてる」
らしくもなく言い募る六夜に惚けてみせた。
ーーー丑、卯、申。
チチチチ、と鳥の地鳴きが響く。
「オレは、帰り道に理由もなく襲いかかってきたヤツらを排除しただけだーよ」
左目を開けて、駆け出した。
▽
追ってきた忍衆を片付けてから、その足で里に戻った。
口布を外していたオレを見て、三代目は少しばかり驚いた顔をしたが事情を話してくれた。
「今回の依頼人は、古い恩人での。まだ自来也たちが下忍の頃、任務で傷を負った際に家で看病してくれた女人じゃ。
自来也と大蛇丸を見ては、自分にも同じ歳の頃の息子がいると目を細めておったよ」
六夜が懸念した通り、彼女は相当無理を重ねていたらしい。
最後には身体を壊し、お金もなく、家を担保に木ノ葉を頼ってきた。
「せめて、自分の生きている間だけでも息子を護って欲しいと頼まれた」
「では、今はもう」
「うむ。残念なことに五日前にな」
三代目はかつて受けた恩もあり、せめて跡目の公表まではと考えていたが。
「彼女の死を知った城主の奥方が喧しく訴えてきての。自分たちの敷地を勝手に踏まれるのは不快だと」
既に終わっている依頼だ。
そうまで言われたら、里としては打ち切らざるを得なかった。
「ところで、短冊城自慢の忍衆のことじゃが。突然静かになったと思わんか」
ここ二週間張り付かれて実に鬱陶しかった、と三代目は顎を撫でた。
「あー、それなんですけど」
「なんじゃ」
「帰路で返り討ちにしちゃいました」
大丈夫でしたかね、と眉を下げて棒読みで言ったら、三代目は豪快に噴き出した。
「ホ、ホ、ホ!ならば仕方あるまい!」
それから、ふた月後。
跡継ぎは正式に壱であると公表された。
西の小天守の火事については曖昧なまま伏せられた。
現場からは燃えた六夜の衣類が発見されたため、彼は死亡したとみなされた。
六夜が言った通りだった。
『この世の真はどこにあるのだろうなあ』
オレは知っている。彼はあそこで死んでなどいない。
なぜならあの日、二人で火の中水の中を逃げたのだから。
代替わりを契機として、大名一家は屋敷を移した。
短冊城は、焼かれた西の小天守を修復し、水堀りを埋め立てられ、現在は文化遺産として広く公開されている。
六年後。
任務のため短冊街の向こうの街に用があり、七班の部下たちの目を塞ぎながら華やぐ街並みを抜けた。
短冊城下。
人混みの中、ふと足を止めて城を見上げると、花頭窓だけはあの日のままであることに気がついた。
(あのものぐさはどうしているだろうか)
どこかで息絶えていてもおかしくはないが。
『私も見てみたいものだ、その世界を』
なんだかんだ言ってしぶとく生きているような、そんな気がした。
「カカシ先生ー!早くぅー!」
サクラに急かされて、足を踏み出した。
ふと風が通り過ぎ。
「ーーーありがとね、カカシちゃん」
「っ!?」
低く水面を静かに揺らすような声が耳に触れた。
咄嗟に振り返ったが、その背中は既に人混みの中に消えていて。
「カカシせんせーってば!」
「……はいはい、今行くよ」
はみ出した風が、オレの髪を撫でていった。