つなぐのは鎖か想いか


 ある夜。
 兄から執務室へ呼び出された。

 俺が扉を閉めると、筆を置いた兄は背凭れに寄り掛かりおもむろに切り出した。

「音と手を組み、木ノ葉を潰す」
「なに……?」

 俺は自分の耳を疑った。

「正気か、兄さん」
「我々には、それしか道がない。このままでは、砂は木ノ葉と争う力を失ってしまう」
「木ノ葉とは同盟を結んだはずだ。争う必要はない」

 向こうがこちらを襲わない、何があれば互いに助け合う。それが同盟というものだろうが。

「木ノ葉は他国との摩擦を望んじゃいない」

 人の口には戸を立てられない。

 五大国、津々浦々。
 歩いていれば様々な話を耳にする。根も歯もない噂もあるが、中には史実と思わしき話を聞くことも珍しくない。

 初代火影が、初の会談で影たちに頭を下げたという話。それは平和を願ってのことだった。

 また、雲隠れが日向の血継限界欲しさに条約を破り、宗家の長子を攫おうとした話。
 木ノ葉は戦争を回避するため、表立って公表をしなかったと聞いている。

「それに同盟締結後。俺が商売がてら土地を回っていても、木ノ葉の忍から襲われたことは一度もない。ただの一度もだ。アイツらは約束事を守るヤツらだ」
「フッ、お前もあの甘いバカ大名と同じか」
「ンだと……?」

 兄さんは座っていた椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。

「里を存続させるための決定だ。異論は認めん」
「なら忠告しとく。音だけはやめとけ」

 音隠れは最近出来た隠れ里だ。

 纏めているのは、大蛇丸。現火影の教え子で、忍界大戦では伝説の三忍まで言われた忍だと小耳に挟んだ。

「木ノ葉を抜けて、自らの師に背いた男だ。信用に値しない」
「信用など、最初からしていない。
 ーーーこちらが利用するだけだ」

 肩越しにこちらを向く兄。その目が鋭く光る。

 (変わったな)

 風影の椅子に座る前。
 否。少なくとも、加瑠羅が生きていた頃はここまで尖っちゃあいなかった。

 ことを急いで不要な争いを引き起こす必要はない。

 俺は同盟を利用し、経済圏で潤うよう地固めをしていた。

 土地の細い風の国でも作物を育てられるよう温室を整え、またこの土地の土しか馴染まない作物を輸出する。

 文化、衣装、料理、資源。
 売れるものはいくらでもある。

 大名に会う時は、それとなく興味を引き出した。近年猛暑が続いていることもあり、最近の商談では、風の国で作られている麻の衣装について、纏まった発注を取り付けた。

 一朝一夕で国が潤うとは思っていない。

 彫金だって同じだ。
 必要な手順があり、作品が出来上がる。

 国だって、何か新しいことをやろうとしたら時間がかかるものだ。その手間を惜しんでは、出来ることも出来やしない。

「羅果。お前はこれからも、お前のするべきことをしろ」
「言われなくてもそうするさ。
 ーーー羅砂兄さん」
「なんだ」
「早まンなよ。兄さんにはテマリもカンクロウも、我愛羅もいるんだからな」

 そう言うと、兄の肩が初めて揺れた。しかし、それも一瞬で。

「知らんな。オレは風影だ」
「……そうかよ」

 その立場の重さは、背負った者しか知れない。

 毅然として立つ兄に俺は視線を伏せ、静かに踵を返した。




 風影室を出て扉を閉めると、気配を消していたのだろう。その裏にテマリがいて、俺はつい足を止めた。

 (聞いていたのか)

 違う。
 部屋は防音だ。漏れることはない。

 (なら別件か。……否)

 確かテマリたちの担当上忍はバキだったな。バキは兄さんの相談役も兼ねていたはず。

 どこかやり切れないように、悔しそうに唇を噛みオレを見上げている。母親に似た桔梗色の瞳が、何かを言いたげに揺れていた。

 (木ノ葉を潰すことについて、バキから話を聞いたか。何かしら指示があったと考えるのが妥当だな)

 俺は口を開こうとした姪に目配せをした。

『着いて来い』

 テマリは頷き、その場を離れる。

 落ち合ったのは、子供の頃遊んでいた砂場。大きくなってからは、何度か風遁の修行をつけてやった場所だった。

 俺がふわりと砂を操ると、テマリが帯に挿す扇を抜く。

「一体何をしようとしていた」

 問うと、対峙するように距離を取った目の前の姪は一閃。足を踏み込み、思いきり扇を仰いだ。

「オヤジに抗議しようとしてたんだよ!」

 怒声と共に飛んできた爆風。
 俺は吹き飛ばされんと、咄嗟に砂の盾を作り防護した。

 (やはり、木ノ葉のことだったか)

 忍が極秘扱いの任務について口にすることない。しかし、こうして話が通じるのをみると、つまりはそういうことだ。

「だからって俺をストレスの吐き口にしてんじゃねーよ、馬鹿娘」
「話を聞いてくれるって言ったのはオジキじゃないか」
「話を聞くとは言ったが、暴力を受けるとは言ってねェ」

 砂が晴れた向こうで、テマリが扇面を砂に差し、要に肘を置き小首を傾げる。

 けろりとした顔で言われ、俺はつい顔を顰めた。ったく、忌憚のない性格は誰に似たんだか。

 (俺たち(こっち)か)

 兄弟三人の中で、見た目は一番加瑠羅に近いはずなのに。幸か不幸か、性格は兄ーーーというか俺たち兄弟に似てしまったらしい。

 無理もない。

 風影として君臨する父の背を見て育った。
 ヤンチャな弟二人を引き連れ面倒見て、たまに帰ってくる叔父(俺)は無愛想。

 かと言って女の子だからと甘やかしたり気を配ってやれる野郎なんざおらず、無頓着な男だらけの環境だ。ざっくばらんで、男勝りになるのが必然だった。

 テマリは眉間に皺を寄せ、要に手を添えて体を引いた。

「私はまるで納得がいかない」
「そんなことァ、生きてりゃあいくらでもある」
「だとしても」

 風が唸る。

「これは本当に『どうしようもないこと』なのか!」

 衝撃。

「避けられないことなのか!」

 激情。

「どうなんだよ、オジキ!」

 風と共にぶつかってくるのは、縋るような慟哭だった。

 長女だから知っている。
 子どもながらに見て、憶えているのだ。戦争の惨さを。

 風影の子どもだったから、金に困ったことも、食べるものに困ったこともない。
 だが、上空を何かが飛べばすぐに避難し、毎夜他国からの襲撃に怯えていた。

 母親を失い。末の弟を戦争の道具とされ。兄弟離れて育つことになり。父親も変わってしまった。

 戦地から戻ってくる、死んだ者も、生きている者も。皆が皆傷付いている惨状を。

 どれだけチャクラを吐き出したのか。
 周りの地形が変わった頃、俺は盾を解き、肩で息をする姪の元へと近付いた。

「お前のせいじゃねェ」

 これだけははっきり言える。

 テマリのせいではない。
 未だ戦争の火種が燻るのも、完全にその芽を潰せなかった、俺たち世代の責任だ。

 俺は宙に舞う砂を引き寄せるようにして集め、ぐっと拳を握った。
 そして、その手の平を開いてテマリに見せる。

「お前に貸しておく」
「オジキ、これは」
「俺の金庫の鍵だ」
「は」

 瞠目する姪の手に、俺は鍵を押し付けるように握らせた。

「お前らにどんな指示が出ているかは知らねェ。だが、我愛羅が要になるはずだ。
 アイツが戦えなくなったと判断し次第、カンクロウと我愛羅を連れて即戦線離脱。里に戻れ」
「!そんなことを出来るわけがーーー」
「いいか。事によっては、里はそのまま戦時状態に入る。お前は俺が住んでいる家に行け。俺が作業台にしている机の引き出しが二重底になっている。そこに鍵穴があるから」
「オジキ!」
 
 テマリは扇から手を離し、代わりに俺の胸ぐらを掴んで引き寄せ吼えた。

「私だって砂の忍だ!里を守って死ぬ覚悟くらい出来ている!」
「馬鹿野郎!砂の忍を自負するなら、どんな苦境でも死ぬことじゃなく生き抜くことを考えろ!」
「ッ!」

 ぐっと下唇を噛むテマリ。うっすらと涙が浮かぶ目尻に、俺は自分の袖を当てた。

「強かに生きろ。お前たちが生き続ければ里は死なねェ」
「……分かった」
「万一の時の話だ。そうなったら水の国に向かえ。あそこの影には貸しがある」
「貸し?」

 首を傾げるテマリに、俺は視線を上げた。

 一年ほど前だったか。

 親の誕生日に送る特別な品を探しているという依頼を受けて、水の国へと赴いたことがある。

 そこで待っていたのが、五代目水影こと照美メイだった。

『私はもう、暴力の時代を終わらせたいのです』

 すらりとした長身の美女。
 物腰こそ柔らかいが、その若さで水影に上り詰めた実力者でもある彼女はそう語った。

 怯むことのない、強い意志を感じる瞳。
 純粋な夢を持ち、単なる夢追い人かと思えば難局を臆さず突破せんとする度胸もある。

「情深さも持ち合わせている女性(ひと)だ。大した器だよ」

 里を存続させるために木ノ葉を潰そうとしているにも関わらず、守鶴を他里の手に渡すなど本末転倒だ。だがその分、三人の身の安全は確保できる。

 いざ返してくれと言ったところで、見返しなしに素直に返してくれるなんざ思っちゃあいない。だが、コイツらを預けることを考えたら、これまで会ってきた人間の中で最善の相手だった。

「俺の縁者だと言えば、ひとまず亡命は受け入れてくれるだろう。心配はいらねェ」
「そんな心配してないけど。
 オジキ、まさか水影に手を出したんじゃ」
「ねェよ。商談相手だぞ」

 マセガキが。すぐに色恋に結びつけようとしやがって。

 あからさまに眉間に皺を寄せると、テマリは肩を竦めて言った。

「オヤジは子どもが三人もいるのに、オジキはいつまで経ってもその気がないじゃないか」
「余計な世話だ。俺は金(きん)とカネがありゃあいい」
「そんなだから女が寄らないんだよ」
「ほっとけ」

 今更家庭なんざ持つ気は更々ない。

 テマリはやれやれと溜め息を吐き、広げていた扇を閉じた。

「仕方ないから、オジキの老後は私が面倒見てやるよ」
「いらん。そんな暇あったら、そのガサツな物言いを直せ。嫁の貰い手なくなるぞ」
「喧しい!」
「ぐあッ!」

 あろうことか、扇の親骨で思いきり尻を殴られ、砂場に顔面から突っ込んだ。

「て、めぇ……!」

 文句の一つでも言ってやろうと顔を上げたが、こちらを見下ろす姪の表情は絶対零度を記録していて。

「フン、オジキにだけは言われたくないな」

 そう吐き捨て、踵を返すテマリ。

 女性関係を見向きもせずに生きて来た報いか。
 夜叉丸曰く『拗らせている』俺が、女の機嫌の取り方なんざ知るわけもなく。

 (木ノ葉より先にこっちが危機か……)

 その背が小さくなるのを、砂場に肘をついたままの姿勢でただただ見送ることしか出来なかった。
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