眠気覚ましのビンタ



「イチャイチャパラダイスの中を、発売日に取り置いてもらいたいのですが」

 かの日の銀髪の青年が、カウンター越しに超大真面目な顔をして、例の小説の予約にやってきた。

「はい、かしこまりました。お名前頂いてもよろしいでしょうか」
「はたけカカシです」
「はたけさんですね。こちら、引換券になりますので当日お持ちください」

 予約用の半券を手渡すと、はたけさんは申し訳なさそうに眉を下げて言った。

「ちなみに、取りに来るのはオレでなくてもいいですか。ちょっと、忙しくなりそうで」

 任務だろうか。
 代理の方に券を渡してくれれば大丈夫な旨を伝えると、彼はほっと胸を撫で下ろす。

「代金は今払って行きます」
「いえ、販売前の本について先払いは」
「多めに支払うので。お釣りは後日で構いませんから」

 「じゃ、お願いします」と言って、彼は500両をわたしに押しつけてドロンした。影分身使いやがったな、これだから忍者は。
 というか。

「後日来る気なら、その時に引き換えればいいのでは」

 予約表に「代金受け取り済み・後日お釣り渡す」と書いてから、お金をカウンターの奥に閉まった。

 今思えば、この時に訝しめばよかったんだ。
 彼がお金を押し付けた理由を。




 イチャイチャパラダイス・中の発売日。
 前日に入ってきたそれは、純愛ベースにしてはなかなかに濃厚で。

「最近の恋愛初心者ってレベル高いね。上よりパワーアップしてないか、これ」

 中ってことは、下がある。
 ハードプレイに入るのも時間の問題のように思えてならない。

「人間関係の模様や人生観、登場人物の心情表現諸々は好きなんだけど」

 行為がな、つい一巻前に初心者だった人たちにしては濃くない……?最近の若者怖いな。あ、私も最近の若者だった。しないけどこんなの。無理だって。無理無理。でも、怖いもの見たさ的な、……いや、何考えてるダメだ。これだから深夜は。

 そんな感じで、昨日の夜はあまり眠れなかった。しかし、朝はやってくる。

 今日は朝から常連さんの対応、本の取り寄せ依頼、他書店からの在庫問い合わせ。目紛しく午前が終わった。

 そして今。お昼をつまんで、ゆったりとしている午後の二時。

「まずい」

 店内にお客さんはいない。
 気を緩めた隙に、この時とばかり眠気がぶわっと襲いかかってくる。

「眠い」

 意識を持っていかれそうになる。眠気相手に必死の抵抗を試みる。ふと、入り口のドアが開いた音に目が冴えた。

 足音が真っ直ぐカウンターに向かってくるので確認すると、背中につく黒髪を首の後ろで括っている、端正な顔立ちの美少年がこちらに来るではないか。

「カカシ先輩に頼まれて、本を受け取りに参りました」

 待て待て待て待て。

「引換券はお持ちでしょうか」
「はい」

 茶封筒を手渡された。
 封を開けて中を確認すると、例の半券が入っている。

 間違いない。
 間違いない、が。

 (未成年じゃん、どう見てもッ!!)

 やって来た少年は、面影に幼さが残る十歳ちょっと。こちらを見つめる漆黒の瞳は、知的な色を滲ませる。

 (無理だ。この子に、この瞳に、18禁本を裸にして渡せるわけがない……!)

 はたけさんもはたけさんで、書籍名が書かれた半券を封筒に入れて持たせたということは、つまりそういうことだろう。

 だから、支払いを先に済ませて行ったんだ。支払う時に、書籍名と値段を確認してもらうから。

 (そうだ。彼の精神的貞操を守れってことだ)

 18禁を18歳に買いに来る常識があるんだ。わたしにそう伝えたかったんだ。そうだと信じたい……!

 (やるしかない、か)

 書店員の本気を見せてやろう。

 カウンター下の作業スペース。
 用意してあった本を置くより早く、表から裏へカバーをかける。ビニール紐でぎゅっと封をし、紙袋へ滑り込ませた。

 この間、4秒。

「お待たせ致しました」
「ありがとうございます」

 守り切った。守り切れた。
 本を受け取り、背を向けた彼。背中には、うちわの紋を背負っている。

 (あれは確か、うちは一族の紋)

 うちは少年が店から出たのを確認した途端、全身からぶわっと変な汗が噴き出した。身体中の力が抜けて、カウンターのパイプ椅子に沈み込む。

「ほんと、後輩に何やらせてんのあの人」

 呆れを通過し怒りを乗り越えて、もはや無気力。精神ガリガリ削った。

 眠気は去ったのに、今日はもう一ミリも動きたくない。あ、でも閉店前に火影様の使いの方が、取り寄せた巻物受け取りに来るはずなんだけど。

「遼、早くなっちまったが火影様が頼んだ巻物ーーー、どうしたお前」

 千本を咥えた幼馴染が顔を覗かせた。そういえば、この人も忍だった。

「不知火くんは」
「あ?」
「後輩の精神的貞操を守れる先輩になってね」
「なんの話だ」

「どうせまた本読んで寝てねぇんだろ。一時間くらいなら代われるから、奥で少し寝てこい」と言って、予備のエプロンをつける不知火ゲンマくんの優しさに、涙がちょちょぎれそうになった。
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