助手席からこんにちは


 同年、9月の半ば。

「誰。9月を秋とか言ったのは」

 その日も、茹だるような暑さを肌で感じ、シャッターを上げると同時に早々に冷房の効く店内に逃げ込んだ。

 開店から五分としないうちに、一人の青年が店に入ってきた。すらりとした長身。歳上だろうか。一際目を引く銀色の髪は、月の光を受けたように綺麗だった。

 目が合ったので会釈をすると、向こうも返してくれた。向こうの棚へ回り込む彼を見送ってから、カウンターに腰掛けた。発注書を引っ張ってきて、視線を落とす。

 うちの本屋は、基本的に店員側から声をかけない。この習慣は、

「仮にだぞ。店に入って、客は俺一人。「いらっしゃいませ」とか声かけられたり、ジロジロ見られたら手ぶらで出づらいだろ。つか、居心地悪い。そりゃあ、店側からしたら買って欲しいけどさ。それは店側の都合だし。兎にも角にも、俺はそんな店はヤダね。自分がヤな店は作りたくない」

 という、初代の意向を継いだらしい。

 故に、入るも出るも自由。立ち読みするも即買いするもお客さん次第、というのが信条だ。

「俺と店の雰囲気がよければ、来たい人は来てくれるし、買いたい人は買ってくれるさ。それよりも、」

 ーーー己を磨け、本を守れ、店を愛せ。

 初代のこの言葉は、私も好きだ。

 今日の入荷分のタイトルをマーカーでチェックしていたら、早くも先程の気配が近づいて来るのを感じた。

 手を止めて顔を上げると、口元をマスクで覆ったイケメンがカウンターを挟んで直ぐ目の前にいた。忍だ。木の葉の額当てをしている。

 (銀髪。さっきの青年)

 左目は閉じており、額から頬に向かって真っ直ぐ縦に一本の古い傷跡があった。

 すっと通った鼻筋から、マスクの下も美形だと推察できる。正面から見たイケメンの破壊力バンパないなとドギマギしていると、彼は真剣な面持ちで、こちらに一冊の本を差し出した。

「……これを」
「?はい」

 えっと、買うんだよね。買うだけなのに、声が少し震えてない?なんでそんなに緊張してるの。
 青年の声色に内心首を傾げたが、なるほど、立ち上がって本を受け取り理解した。

『イチャイチャパラダイス・上』。

 私の中で燻った熱がスッと冷えた。
 イケメンも一人の男だということだ。大方、官能小説を女性店員に差し出す恥じらいでも感じていたのだろう。

 でも、安心して欲しい。この店の本全て読んでるから。18禁も18歳の誕生日から読み進めてつい先日読破したから。

「えっと、今日、18になったんだけど。こういうのって、買う時身分証とかいります?」
「ああ、いえ。大丈夫です。え、18?」
「はい」

 うっそぉ。

「すみません、同い年だと思わなくて驚いてしまって。てっきり、歳上かと」
「どうも」
「120両になります」

 値段を告げると、青年はぴったり出してきた。
 あ、これマジで買いにきたヤツだ。準備してきたヤツだこれ。

「カバーはいかがしますか」
「いりません。あ、袋もいいです」

 しかも、18禁をノーカバー・ノー袋とは。なんたる強者。なんたる勇者。

 わたしは、レシートを返してから、本に栞を重ねて渡した。

「これは」
「お誕生日だと伺いましたので、心ばかりですが」

 わたしが彼に手渡したのは、押し花の栞だ。
 やまなか花店さんから、店先に置かなくなったお花を格安で譲ってもらい、自分で作るようになったもの。

 趣味として作り始め、試しに店頭に置いてみたらこれが結構高評で。
 本と一緒に買っていく人はもちろん、栞だけ買いに来てくれる人や、最近は「本をプレゼントしたいから添えて欲しい」という要望をもらうこともある。

 彼に選んだのは、ハーデンベルギア。
 購入された本の内容はともかくとして、誕生日にこうして出会えたのまた素敵な事だと思うから。

「おめでとうございます」
「……ありがとう」

 照れ臭そうに微笑む、彼の右目がとても穏やかで。それがなんだか嬉しくて。

「こちらこそ。ありがとうございました」

 自然と笑顔になれた朝だった。
prev | top | next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -