それがホントのお前でしょ

 学園に近付くほどに、積る雪は分厚く、やわらかくなっていった。
 魔導車ではなんの問題もないけれど、監督生の地元の車ではとても走れないほどの雪らしい。

「うーわ、相変わらず夜は静かだな。門閉まってるけど、監督生は入れんの?」
「大丈夫だよ。学園長に鍵作ってもらってるから」

 監督生は鈍くグリーンに光る鍵を、オレの目の前に取り出してみせた。
 停車してしばらく、ひんやりとした空気が足元を伝いはじめた。オレは後ろのシートに置いていたコートを監督生の膝にかけてやると、本人じゃなくフロントガラスの向こうに視線を戻した。

「あのさ監督生、もうひとつお前と行きたいトコがあんだけどさ」
「うん……どこ?」
「輝石の国。行ったことないでしょ?」
「ないなあ。ジャックの地元だよね。ケイト先輩とか、あとヴィル先輩も輝石の国が地元だったっけ」
「そうそう。そのヴィル先輩が主催でプライベートパーティーやんだって。プライベートっつっても、仕事で仲いい人も呼ぶから、結局数百人は招待されてるらしいんだけどさ」

 監督生は聞き慣れない単語に目をぱちぱちと瞬いていた。プロムのときもただの挙動不審だった監督生が、芳しい反応をするとはハナから思ってなかったけど。

「ジャックが、友達も誘って来いって声かけられたみたいで、オレらにも話が回ってきたってワケ。まあ、つまりオレらは賑やかしなんだけど……お前は輝石の国に行ったことないと思って、せっかくなら観光とかもしてさ、パーティーはあくまでオマケにして、旅行したいな、とか……」
「旅行!? すてきだけど、で、でも――」
「ちなみに二人で。チケットとホテルはもう手配してある。……あ、もちろん部屋は別だから安心してよ」

 今日の今日でこんなに用意周到だと知られたら引かれそうだ。
 それでもオレは一日かけてかためた決意を告げようと、ほんのりと白い息を、肺からのこらず吐き出した。

「これで最後にする」

 監督生が「え」と母音を小さく漏らす。

「いい加減諦め悪いよな、オレ。でもこういう諦めの悪いことすんのも、この旅行で最後にするから。……じゃないと前に進めないでしょ、お前もオレも」

 なにか言いたげに酸素を吸う音が聞こえたけれどその続きはなく、しばらくして「わかった。行こう」という返事だけがあった。

「じゃあ、決まりね。メチャクチャ寒いらしいから、あったかくして来なよ。あと、ドレスも忘れんなよ」
「わかった。エースもね。コートもありがとう」
「……ウン。また連絡する」

 膝のうえのコートをていねいに折り畳んで、監督生はオレへ手渡した。かすかに人肌の温度をはらんだそれ。
 じゃあな、と言ったのは自分なのに。ドアを開けた監督生の質量がこのせまい空間からいなくなるのが名残惜しくて、やおらその左手を掴んで引き留めた。ひんやりとつめたい指先を引いて、それからどうしようというのか。

「……エース、車降りられないよ」

 きゅっと眉を寄せる監督生の手をそのまま持ち上げる。手の甲に、と考えて、それじゃいくらなんでもキザすぎると思い直して結局、ゆるく曲がった指の関節に触れるだけのキスを落とした。
 ガマンがきかなかったオレのことを、監督生が咎めるそぶりはない。もしかしたら、同情心から咎められないのかもしれない。
 それを訊ねはしないまま、リボンをほどくようにゆっくりと指先を離すと、笑いかけてやった。

「おやすみ、ナマエ。いい夢見なよ」





 サマーホリデーに比べれば少ないものの、駅はホリデーを満喫する人で賑わっていた。
 まだ街の人混みには慣れないのか、おぼつかない足取りの監督生の手を引いて、ほどけかけたマフラーも巻きなおしてやる。

「なんか世話されてるみたいなんだけど」
「間違ってねーじゃん。オレもエレメンタリースクールのころ、社会見学の練習つってアニキに連れられて鏡くぐったわ」
「小学生と比べないでよ!」
「ハハ、ごめん。行こ」

 冬の人混みなんて、できるだけ関わりたくない場所のひとつだったけど、彼女じゃない好きな子の手を握る、その理由にはなる。
 事前に電話で打ち合わせたプランに沿って、オレと監督生は輝石の国の観光スポットを回った。
 いちばん高いと言われてる観覧車だとか、監督生が図書館で見かけてずっと気になっていたらしい天文台だとか。
 パンフレットをなぞったようなベタなコースだったし、吐く息が白く濁るぐらい寒かったけれど、なぜだかずっと笑いが絶えなかった。
 それはなんとなく、監督生と付き合う前の関係を思い起こさせた。

「はー、順調順調。なんだかんだ、プラン通りに旅行できるとお得感あるよなー」
「エースってけっこう計画立てるタイプだもんね」
「まあね。この調子なら、会場に着くまでに近場ならもう一か所くらい回れそうだけどー、監督生はどっか行きたい場所ある?」
「じゃあ、先に預けた荷物を受け取ってから――」

 監督生が言葉をつづける最中に、スマホが震える。ゴメンと断って通話ボタンをタップすると、事務的な声で、さっき荷物を預けたオフィスの名前が告げられる。

『トラッポラさんのお電話でお間違いないでしょうか?』
「そうですけど」
『実は……さきほどお預かりした荷物なんですが、こちらのスタッフの転送魔法に手違いがありまして、その……珊瑚の海へ送ってしまったようなんです』
「は?」
『申し訳ありません! 防水用の魔法がかけられていないので、おかしいとは思ったそうなんですが、稀に防水仕様のバッグもあるので、その類かと思ったそうでして――』

 つらつらと並べ立てられる言い訳に、思わず眉が寄ってしまう。

「えーとつまり、オレらの荷物が水浸しで海の底ってことですか?」

 オレの言葉に監督生は目を丸くし、電話の向こうの男は情けなく声を震わせて肯定する。
 はっとしてスマホを耳から離して、

「お前、ドレスとか服とかは?」

と監督生に尋ねれば、監督生ははっとして、みるみるとまぬけに顔を歪めた。
 はあと大きいため息をつく。
 まず責任はしっかり取ってもらうとして、今日の夜のパーティーと、明日をどう乗り切るかだ。オレは最悪ジャックとかに頼むなりでどうとでもなりそうだけれど、女の子の荷物がまるっとなくなったとくれば、由々しき事態だと思う。
 苛立ちをおさえて簡潔に話をつけ、監督生のほうを向き直る。

「……えーとまあ、同じものは用意できないってコトで、マドルで弁償だって。財布とか貴重品は持ってたからサイアクの事態は逃れられたとして、お前のドレスと服だよね」
「エース、ありがとう。私の服とかは、べつにどっかそのへんで買えば……」

 監督生が表情を曇らせて口籠るわけは、だいたい察しがつく。ここへ来る道中に「学園長にもらったボーナスを奮発して、新しいドレスを買ったんだ」と言っていたからだ。そのセリフとどこか照れ臭そうな表情を思い出して、頭を抱えたくなった。
 なにかいい方法はないか、としばらく考えを巡らせた挙句、はっとひとりの顔が頭をよぎった。





「いや〜正直、ヴィルくんのパーティーに姉ちゃんズも連れてくなんてキツすぎだから、断ろうか迷ったんだけど〜、よくよく聞いてみればエースちゃんだけじゃなくて監督生ちゃんが困ってるっていうからさ、けーくんが一肌脱がないわけにはいかないでしょ?」

 久しぶりに会うケイト先輩は、すでにばっちりとタキシードでキメているけれど、相変わらずの調子だ。
 予想外のハプニングによって訪れたケイト先輩の実家はかなり広くて立派だった。
 いきさつを話すなり、監督生は姉ちゃんズにそれはそれはかわいがられながら拉致されていった。そのときに、オンボロ寮の一部屋分くらいありそうなウォークインクローゼットすら見えた。

「や、でもホント助かります。ダメ元で電話してみたんすけど……やっぱ持つべきものはセンパイっすね」
「あはは、エースちゃん調子い〜」

 明るいけれど抑揚のない声でケイト先輩はそう言うと、かすかにはしゃぐ声のするクローゼットが閉まっているのを確認して、オレに顔を寄せる。

「で、さっき電話で言ってたのってどーゆーイミ? 『監督生ちゃんとは付き合ってない』って言ってたけどさ、オレにはカップルの旅行にしか見えないっていうか」
「あー、それは、あいつに振られて、イロイロ思い直して……」
「イロイロ?」
「たぶん、ケイト先輩にも言われたと思うけど……『あいつとオレが釣り合ってない』って。それがようやくわかったっていうか。ようやくって言っても、一年前なんですけど」
「えっ……もしかしてエースちゃん、一年もアタックし直し続けててんの?」

 驚きとドン引きが混ざったような表情に居心地が悪くなる。
 「まあ……?」と歯切れ悪く答えて頬をかくと、ケイト先輩は呆れたように笑った。

「ん〜っ、いいね〜、泥臭い青春!」
「どこが」
「でもさ、どっかでけじめつけなきゃいけないんじゃない?」
「……それが今日だったりして」
「え? ……あっはは、なるほどね! そんな日にサイナンだったね」

 ケイト先輩は笑いを堪えながら眉を下げた。
 それと同時に、クローゼットのほうから「エースちゃーん、ちょっと見てみてー!」と高らかな声がする。
 姉ちゃんズに手招きをされるのにしたがって寄ってみれば、クローゼットの奥に、そわそわと落ち着かないようすの監督生が、オレンジのドレスを纏って立っていた。

「あ、エース。いろいろ試させてもらってるんだけど、ケイト先輩のお姉さんたちが持ってるドレス、かわいいのが多すぎて、迷ってるうちに分かんなくなってきちゃって……」

 監督生がそう言っているあいだにも、姉ちゃんズはいろんなドレスを監督生の首の下にあわせていく。アレもコレも、次はあっち、その次はこっちと忙しないさまに、一年前のホリデーの悪夢を彷彿とさせられる。

「エースちゃん、何黙ってんの? もしかして見惚れてる? 私たちは、ナマエちゃんは色白だしハッキリした色が映えると思ってるんだけど〜、エースちゃんはそこんとこどうなのよ?」
「オレ? オレは……」

 目がちかちかしてきそうなほどカラフルな空間のなかでいきなりそう振られて、思わず口籠った。
 監督生の脇にある、ワインレッドのドレスが目に付いた。一年前から監督生が身に着けているのを見たことがないけれど、オレの好きな色。

「赤――」

 そう言ってから、はっとする。理由はわからないのに、なぜだかあの日から変われていない気がしてしまう。

「……そこの赤いの、ナマエに似合うと思う。ケープっていうの? とか、デザインがお前の雰囲気に合っててさ」

 大真面目に力説するのがこっ恥ずかしくなってしまって、すこし俯いた。

「あー、大真面目に言ったけどさ……気に入らなかったら無視していーから。お前がお前の好きなもの身に着けんのが、一番いいに決まってんじゃん。それがホントのお前でしょ」

 そう付け足せば、監督生はしばらく石のようにかたまったあと、やわやわと頬を緩ませた。

「……わかった。考えてみて、私の好きなのにするね」

 何度も目にした笑顔なのに、目の前の監督生はどことなく別人のように見えた。
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