「ガラス…危ないから」
「あ、ごめん智希」
ちょっと、情けない。
「と、とりあえず今日はもう遅いからおうちに帰ろうか」
「やだ」
「もう遅いし、帰ろう?ね?」
「やだ」
有志が優しく微笑みかけても首を縦に振らない。
あんなに笑顔だったのに、急に不機嫌な顔となりひたすら首を横に振る。
「お母さん、心配してるよ」
「ママ、どっか行っちゃった」
「えっ」
夕食前。
二人ともお腹を空かせていたというのに、この時空腹感は全くなかった。
ただ驚きと不安でこの少年の発言に振り回されていた。
「どうすんの」
「うーん」
将太がトイレに入った隙に、智希はすかさず有志に話しかけた。
二人は立ちながらはぁ、とため息をつき視線を落としながら腕を組む。
その格好がまた似ていて、親子なんだなと周りが見ると感じるだろう。
「ってか、パパってなに」
「………」
「春日部葉子って誰?知ってんの?」
「………」
苛立ちもあってか、智希は早口で捲くし立てた。
視線を落として喋らない有志。
さらに智希の苛立ちも増えるわけで。
「まじ、誰なんだって」
「昔、母さんが死んで……お前に母親をって思ってたときに付き合ってた…女性」
「前言ってた…?俺が母親いらないって言ったから別れたっていう?」
「うん…智希が7歳ぐらいの時だから…」