「父さんはあげません!!」
「わかってるよ。それに有志さんのほうも、簡単に君から離れないだろうしね」
「………」
「まぁまぁそんな睨まなさんな。俺は敵ではないよ」
「でも、味方でもない」
「んーあー……そうかもね」
ギィっと音をたてる丸イス。
つかめない。
なんだろうか、この余裕。
智希は味わったことの無い大人の圧力に一瞬身震いした。
これが駆け引きというやつだろうか。
自分のカードは見せず、じりじりと攻めてくる感じ。
実際、大層に思っているのは智希だけで、東條本人はなにも仕掛けようとは思っていないのだが。
「はい、できた。今日よかったら君んち行ってもいいかな?」
「ダメですよ」
「やっぱダメかー」
治療と言う名の絆創膏を貼っただけの、小学生でもできる作業を終え後片付けを始める。
即答する智希に肩を揺らして笑い作業道具を棚に直すと、再び丸イスに音をたてながら座った。
「それにしても心配しすぎだよ、それぐらいのケガで保健室くるなんて」
「俺はいいって言ったのに、クラスの奴とか担任がうるさくて…」
「あぁ、君期待されてるもんね」
智希はなんとも苦い顔をしながら立ち上がると、ドアの前にある鏡の前に立った。
自分の姿を映し出すと、こめかみの絆創膏が見えて思わず苦笑した。
確かに、これぐらいのキズはケガというほどのものでもない。
若さゆえ回復力も高い。
「みんな俺に期待しすぎなんですよね、ほんと」
「それだけ君が魅力的ってことだよ」
黙り込む智希の背中を見つめクスリと笑うと、もう一つ丸イスを取り出し智希の後ろに置いた。
「部活あるんで」
「10分だけゆっくりしてきなよ。キャプテンはね、弱音を吐いちゃダメなんだよ。でもそれはついてきてくれる人にだけで、俺みたいなどうでもいいおっさんには弱音なりなんなり吐いていいんだよ」
「相談乗ってくれるんすか」
「そうだね」
「悩みとかなんも…ないっすよ」
「そ?それならそれで良いことだけど」
東條はあっさりそう答えると、無理に聞こうともせずぬるくなったお茶をズズっと音をたて飲んだ。
「部活、行きます」
「がんばって」
「ありがとう…ございました」
ピシャンと音を立てて扉が閉まる。
結局使わなかった智希用のイスを元の位置に直し東條も鏡の中の自分をじっと見た。
「悩みはなんもない、か」
ぬるくなったお茶はさらに冷めてしまって、それでも東條は最後まで飲み干した。