「あれ、清さんまた来てんの」
「悪い?」
「ひまだねー」
3年生は引退してからもよく部活に顔を出していた。
一緒に練習をする者もいれば、ただ顔を出すだけの者もいる。
清野はほぼ毎日来て一緒に参加していた。
「推薦決まったらしいっすね」
「まぁ、なんとか」
ジャージ姿の智希はタオルを首に巻き、体育館の端でシューズの紐を結んでいる清野の隣に座った。
たくさんいた一年生も、今では20人だ。
もちろんその中に、清野が毎日来る理由の一つである人物も健在である。
「姫川だいぶ上達しましたよね」
「だって俺が毎日部活終わってから相手してやってんだぜー。上達しなきゃ俺が凹む」
順調のようだ。色々と。
「姫川は…体がもうちょっとでかくなったらいいんですけどねー」
モップ掛けをしている姫川の後ろ姿を見つめながら、まだまだ華奢な体に眉を曲げた。
姫川は智希と清野に見られているとも知らず、秋田と話しながら慣れた手つきで掃除をしていた。
靴紐を結び終えた清野はドカっと座りあぐらをかく。
怠そうに姫川を見つめながら壁にもたれた。
「あいつ食が細すぎるんだよ。もっと肉食えって言ってもそんな食えねーつって逆ギレするしなー」
「喧嘩するんすか」
なんとなく、意外。
「喧嘩なんかほぼ毎日だぜ。あいつ最後までヤらせてくれねーし」
「え」
「いや、なんでもない」
聞かなかったことにしよう。
智希はそう瞼を閉じて深呼吸した。
「じゃ、今日も適当に後輩の指導してくださいね」
「んー」
智希は清野を残し立ち上がると、モップ掛けの終わった一年生の群れへ歩いていった。
「佐倉、ちょっといいか」
「はい」
モップを用具室へ直している時に声をかけられた。
一瞬誰に声をかけられたかわからなかった佐倉は、振り返りながら焦点をゆっくり合わせる。
智希だとわかると軽く返事をして足早にモップを片した。
「なんですか」
「あのさ」
半年前のことは何もなかったように二人は良い先輩後輩関係を築けていた。
智希はあまり誰かに聞かれたくないのか、佐倉を体育館の端に呼び小さめの声で話し始めた。
「今週の木曜から入るって言ってたバイト、急に入るのも事前に言ったらオッケーだったよな」
「はい」
「今日とかは…無理?」
「何時までですか?」
「22時かな」
「たぶん大丈夫ですよ。忙しい時間帯なんで。あとで叔母にメールしときます」
「サンキュ」
佐倉の叔母が小さなレストランを経営していた。
昼間はお洒落なカフェを開き、夜からはイタリアン料理屋と変わる。