>>恋のアンテナ
次に機会を得たのはラビくんだ。
最近半立ちの稽古を終えて、私たちは本格的に通して練習をするようになったり、時間を計るようになった。演劇部は私の台本を、地区大会と文化祭の舞台で使うらしい。地区大会では、一時間以内というルールがあって、しかも緞帳が閉まりきるまでを秒数にカウントするとか、結構時間にシビアなので、私たちは台本を削ることになった。
ということで、ラビくんと私は皆の練習からは離れて、また小会議室組となった。
「どうしても、どうしても演劇の感想が話したくて。」
台本の削りを始める前に私はラビくんに五分くれと頼んで、彼と演劇の話をした。リナリーちゃんとはなんだかんだ言って恋愛の話ばかりになってしまって物足りなかったのである。
ラビくんは快く承諾してくれて、私たちは五分間だけ感想を話した。面白かった、ストーリー構成が上手だった、総合芸術ってすごい、そんな感じで私はラビくんに話を聞いてもらって、ラビくんの話も聞いた。ラビくんはもともとこの部で脚本家担当だから、ラビくんの話には、台詞の回し方だとか、ストーリー構成の話がよく出てきた。ラビくんが言うには、今回の演劇は、台詞が説明ぽくなかったり、リズムが良かったりで、良かったらしい。賛成。満場一致(二人)。私も小説を書くとき、登場人物が声に出す部分は、つなげたときに話が絶対にわかるようにはするけれど、説明っぽくさせないように注意している。
「俺、なんで怜唯ちゃんの小説が面白いかわかったさ。」
感想の話が一息ついたとき、ラビくんが感嘆のため息を吐きながら言った。
「怜唯ちゃん、小説を面白くするために頑張ってるもんな。」
「そんなに頑張ってないよ。」
「でも普通は演劇のストーリーが面白いからってストーリー構成分析したりしねえし、台詞回しに注目したりもしないさ。」
「ほ、褒めても何も出てこないのはわかっているよね。」
私はぷしゅう、と湯気を出す。
ラビくんの方が絶対に物語を書くのが上手いと私は知っている。そもそも脚本制作のときから、できるなって思っていたのだ。それなのに私のことを褒めてくれて、とても嬉しかった。
「ああ、もう、俺怜唯ちゃんと演劇行きたかったさー。」
ラビくんが急に、ぐわあ、と嘆き出す。
「じじいと行くとか、まじで拷問だったし。」
「ラビくんのおじいさん、博識そうな人だよね。」
「それは事実だけどなー、でもどうせなら怜唯ちゃんみたいな純粋で可愛い子と行くの希望。」
「さっき、褒めても何も出ないと言ったばかりだよー。」
先ほどの小説を褒めてくれたときとは違って、ふざけている雰囲気だったので、私は軽く流す。
ラビくんは私の反応に何を思ったのか、いたずらっぽく笑みを浮かべて、私の隣にずいと自分の椅子を近づけた。
「出してくれないんさ?」
机の上に腕で枕を作り、そこに自分の頭をのせ、私の方を見上げるラビくん。自分がどうしたらあざとかっこよく見えるか、ラビくんは知っていた。
「出すって、何を?」
ラビ君の罠に一瞬どきりとしてしまい、私は慌ててラビくんから視線を外す。これ以上は見ないぞ見るな、眼福でも!
「んー、お礼のちゅーとか?」
からかい口調のラビくんの言葉に、私は思わず笑った。ちゅーって、ラビくんが言うと甘い雰囲気よりただただチャラい。
「えー、そこ笑うとこさ?」
「だって、からかってるの明らかだし、なんか、ラビくんのちゅー、っていい方が壺にはまっちゃって。」
くつくつと抑えて笑いつつ、ちらりとラビ君を見ると、ラビ君は困惑して笑顔を浮かべていた。
「俺、そこは怜唯ちゃんに赤くなってほしかったさ。」
それほど残念そうではなくため息をついて、ラビ君は起き上がった。
「私、そこまで初心じゃないよ。」
「いーや、怜唯ちゃんは本当は初心なはずさ。わざとさね?」
どうしてそこまで言い切れるのだろう、と私は首を傾げた。私に恋愛に対する自覚を与えようとしているのか、ラビ君が畳みかける。
「普通、男の子と二人きりでどっか行くのってデートかもって思ったりしねえ?」
ラビ君はどうやら先週の金曜日の話をしているようだ。神田君と二人で演劇を見に行ったこと。リナリーちゃんにもミランダ先生にも言ったように、あれはデートじゃない。どうして皆、金曜日の話を頻繁にするのだろう。
「金曜日のことだよね。だってあれは、神田君が私に演劇を好きになってほしかったからだから。」
ミランダ先生にも話したことを私はラビ君にも繰り返した。
「それ、ユウは言ってないさね?もしかしたらデートのお誘いかもしれないのに。」
ラビ君はきっぱりと私の意見を崩した。確かに、神田君はただ演劇に誘っただけで、その真意には一言も触れていない。
「そんなあり得ないよ。」
それでも、デートという言葉もそもそも恋愛という言葉も、神田君と私に出てくるはずがないのだ。
「なんで?」
ラビ君は興味深そうに私の瞳をのぞき込む。私はラビ君にすべて見透かされている気がして落ち着かない。
「いくら同じ学年でも、神田君は光源氏で、私は平民だから。」
私は正直に言うのが少し怖くなって、比喩を使って自分の真意を濁した。本をたくさん読んでいて、知識も見識も広いラビ君はすぐに見抜いてしまいそうだけれど、そうせずにはいられなかった。自分の気持ちを率直な言葉にすることを途方もなくためらった。
ラビ君は私の言葉に目を開いて、二、三度まばたきをしてから、「ああ!」と理解したという声を発した。
「怜唯ちゃん、自分に自信ないんさね。」
私の真意を一言で丸裸にされて、私は黙り込む。
「なんで?怜唯ちゃんは面白い小説書けるし努力してるし、別に気後れするとこないさ。」
「容姿の問題っていうか。」
褒めてくれて嬉しいけど、ちょっと違う。
「普通に可愛いさ。」
ラビくんはさらりと言ってみせたけれど、ラビくんだって、演劇部じゃないか。
「えっと、ありがとう。」
この話題を続けたくなくて私はとりあえず否定的なことを言うのを避けた。ラビくんは私の様子を見て、少し顔をしかめた。
「信じてないさね。」
「そんなことないよ。」
「いーや、信じてないさ。」
ラビくんは先ほど近づいたのにさらに私と距離を近づけて私の瞳を覗き込む。拳二つ分の距離まで近づいていて、息を忘れてしまいそうになる。
ラビくんは真剣な顔で語り出す。
「肌も綺麗だし、唇も厚くてキスしたら柔らかそうだし、目の線がくっきりしてて綺麗さ。それに怜唯ちゃんはいつも、いろんなことに目を輝かせてる。」
これは、口説かれているのかな。それともはげまされているのかな。誰かヘルプ!と思った時最初に浮かんだ顔がリナリーちゃんだった。
『全ての男から電波を受信するのよ!』
リナリーちゃんの声が頭の中で響いて、ラビくんのこの行動とリナリーちゃんの言葉の意味を思い出して、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
ラビくんの言葉や真剣な瞳に私はどきどきしだす。でも私は、絶対にこれは恋愛じゃないと思うのだ。ラビくんの言葉を認めよう。私は初心だ。だからどんな甘くて優しい言葉にも騙されやすい。私は安易すぎる。
ラビくんがにこりと笑った。
「ほら、怜唯ちゃんは初心さ。」
先ほど自分が思っていたことを口に出して、ラビくんは私のほおに手を伸ばす。驚いて避けようとするとラビくんが苦笑しつつゆっくり私のほおに触れた。
「み、認める!初心なこととか、自信がないこととか。」
だからもうやめて、と消え入りそうな声でお願いをした。恥ずかしさでぎゅっと目を瞑る。
「はは、怜唯ちゃんやっと認めたさ。」
ラビくんがやりきったというふうに笑って、私から手を離す。私がホッとして目を開けようとしたとき、ラビくんが私のほおにキスした。いったい何が起きたのか分からなくて固まる私から、ラビくんは少し顔を離して至近距離でにこりと笑顔を向ける。そのとき小会議室のドアが開いた。
「あ、ユウ。」
ラビくんからのキスに赤い顔をしたまま固まっていた私は、どんな雰囲気がこの場に流れているのか、麻痺しすぎてわからなかった。ただ、私から慌てて離れて神田くんを見たラビくんの表情はとても焦っていた。
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