>>折るな、立てろ!フラグを!
神田君と一緒に見た演劇は、面白かった。一つの演劇にどれだけの汗が流れるかを知っているだけに、あのセットはきっと材料費も人手もすごくかかったんだろうなとか、少ないセットをうまく有効活用しているなとか、あの舞台の動かし方すごいなとか、役者の人の声の通り具合や立ち位置が見る人に対してよく考えられているなとか、話を楽しむだけじゃなくて、私は演劇という一つの総合芸術に感動した。多くの人が協力しあって作り上げる、一つの大きな芸術だ。
こんなにすごい世界にどうして私は今まで加わっていなかったのだろう。今まで一度たりとも触れてこなかったのが信じられなかった。
「気をつけて帰れよ。」
「うん。今日は、本当にありがとう。」
演劇を観終わった後、私たちは駅まで一緒に歩き、別々の電車でそれぞれ帰途に着いた。とても充実した日だった。演劇について感想を言い合う時間はなかったけれど、それでも私たちはお互い同じ感想を持っていると雰囲気でわかった。時間と感情と経験を共にして、私も神田君もとても満足していた。
連絡先は交換していたけれど、演劇の感想を文面だけで語り合うのはなんとも味気ない気がして、月曜日まで待つことにした。今まで、月曜日が早く来て欲しいと願ったのは人生で初めてと言っていいかもしれない。
『演劇どうだった?月曜日に感想とか話し合おうね。』
リナリーちゃんからのメッセージが私の携帯を震わせた。ラビ君からのメッセージも同じ内容で、私はもっと月曜日が待ち遠しくなる。
『面白かったよ、早く感想が話したい!』
リナリーちゃんとラビくんへ同じ内容のメッセージを返信した。ラビくんからはスタンプがすぐに帰ってきて、リナリーちゃんからは別のメッセージが帰ってくる。
『デートの感想ももちろん聞かせてよ?』
私は苦笑した。リナリーちゃんもミランダ先生と同じように勘違いしていたみたいだ。
『デートじゃないよ。』
苦笑した絵文字を文末につけ返信する。
『そう思ってるのは怜唯だけかもよ?とにかく月曜日ね!』
リナリーちゃんは少しからかいを含んだ調子のメッセージとスタンプを送って、それから手を振っているスタンプを送る。私はスタンプで手を振り返し、携帯の画面の電源を落とした。
*
いつもなら勉強をしていれば時間など足りるはずがないのに、この週末だけは時間がどうしても有り余るほどあって、私はなんとも焦れったい週末を過ごした。
忘れてしまわないように、手近にあったメモ用紙を黒で埋めつくすほど感想を書き連ねたり、インターネットであらすじを見ながら演劇のストーリーを書き分析してみたり、とにかく演劇についてばかり考えていた。
そうして月曜日に感想を話し合うだけのために私は準備をしていたのだ。
持っていきはするけれど皆に見せるつもりなどはなかった。少しでも私は自分の感情を共有できればそれでよかった。
演劇に対して生まれた情熱は、小説を書く時のようにただただ気持ちよくて、私よりさきにこの世界を知っていた人に、私は少しでも追いつきたかった。
「それでデートはどうだったの?」
「だからデートじゃないって。」
「それじゃあ、神田と演劇を見に言った感想は?」
最初に演劇の感想を話す機会を得たのはリナリーちゃんだった。お昼休みの図書室。ミランダ先生がデートという単語を聞きつけて私たちの輪に加わる。
「ずっとそれを話したかったの!演劇すごく面白かったよね!私、演劇が完成したところを見たことなかったから、全部まとまったらあんなにすごくなるとは思わなくて、ストーリーも面白かったし舞台演出も良くて、私感動しっぱなしだった!」
「〜〜っ、そうなんだけど!」
リナリーちゃんは演技のように頭を抱えて仰け反り、それから私に詰め寄った。迫力がある。
「神田とは、どうだったの?」
「神田君とって?」
「何かなかった?」
「普通に演劇を見に行って、そのあとすぐにそれぞれで帰ったよ。」
「な、なんてこと・・・神田ぁ!」
今日のリナリーちゃんはやけに芝居がかっていた。いもしない神田君を図書室の中で大声で呼んだのだ。しかも頭を抱えて、それから正面を向いていた上半身をきっちり九十度図書室の出入り口へツイストさせると同時に頭に持って行っていた手を机につき、腰を低くしてから。一瞬の内に彼女はとてつもなく厨二病的で清々しくかっこいい動作を成し遂げたのだ。
「古市さんはもっと、こう、恋のアンテナをね・・・?」
ミランダ先生が恋について語ろうとする。
私が止めようとする前に、リナリーちゃんが引き継いだ。
「そうよ怜唯!全ての男からの電波を受信するのよ!」
「ど、どういう意味?」
「リナリーさんはどんな男性でも、恋に落ちるかもって考えて行動してっていってるのよ。」
「そうですミランダ先生!」
今日はとてもリナリーちゃんが熱い日だ。そしてミランダ先生、リナリーちゃんの通訳がお上手で。
私は彼女らに恋愛をぐいぐい勧められて、戸惑いつつも彼女らの恋愛論を聞くことになった。いかに恋愛が素晴らしいかという話題から始まり、だんだんと男を落とす方法や男の前でポジティブでい続けることなどの男性との関わり方の指南まで受けた。昼休み全ての時間をその話に費やしたので、明日の昼休みの仕事量が結果的に増えた。毎日コツコツしていたから、それほどというわけではないけれど。
彼女らの恋愛論はどれも私にはピンとこなかった。
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