>>修羅場ですか
「リナが十分の休憩を入れた。それだけ伝えに来た。」

神田君の声が固まっていた私の体を一気に解き放ち、私は勢いよく立ち上がった。

「あ、ありがとう!」

私は一旦、ラビ君から離れるべきだと思って、ドアを開けたまま立っている神田君を通り抜けて黒影会館の外へ出た。演劇部の人がよく発声練習に使っている、黒影会館の裏へと出て、私は手近にあった植込みの淵に座った。

外は幾分か涼しくて、私の熱い頬を冷ましてくれる。私はとりあえず自分を落ち着けた。先ほどのラビ君の行動と最後の笑みの意味をよく考える。

ラビ君は私が初心だということを証明したかっただけ。最後の頬へのキスは何でもない。

「なんでもない、なんでもない・・・」

私は深呼吸とともに繰り返しつぶやいて、だんだんと自分が落ち着いてくるのが分かった。

「何かあったか。」

「なんでもない!?」

なんでもない、と繰り返しつぶやいていた時だったので、急に視界のそとから声をかけられて私は驚きとなんでもないで返事をしてしまった。黒影会館の裏口に神田君がいた。
神田君は私の隣に、少し距離をあけて座る。

「何か、あったか。」

神田君は同じ質問を繰り返した。私はここで話したほうがいいのかどうか迷う。神田君は私の様子がおかしいから心配して聞いてくれているのだと思うけど、ここで軽々と口にしていいのだろうか。

「気にしないで。ただ、ラビ君が私を少しからかっただけだから。」

ラビ君は人をからかうの得意でしょ、と私は付け加える。からかう、という表現は先ほどの頬へのキスにぴったり当てはまって、私を楽にした。

「からかっただけか?」

「うん。そうじゃないとおかしな方向に向かっていくよ。」

からかった、それだけだ。確かに普通はしないことだが、あの時の流れを考えればありえない話でもない。

「どういう意味だ?」

神田君が私の言ったことの意味を問う。からかっただけなら言ってしまっていいかなと私は口を開きかける。

そのとき、

「はああ!?」

小会議室からリナリーちゃんの声が聞こえて、私と神田君は顔を見合わせた。二人で何があったのかを見に行く。
小会議室にはラビ君とリナリーちゃんがいた。リナリーちゃんは小会議室の机に手を置いてラビくんに詰め寄っており、ラビ君はリナリーちゃんの勢いに押されて体を引いている。

「どうしたの?」

声をかけると、リナリーちゃんが今度は私へと勢いを示し、私に抱き着いた。

「ここじゃ話しづらいし、いきましょ怜唯。」

リナリーちゃんは私と黒影会館の裏へと来た。先ほど私と神田君がいた場所だ。

「どっちの頬?」

リナリーちゃんは私の顎をつかみ左右を見る。激しいな、と思いつつ私は右、と答えた。リナリーちゃんはポケットからハンカチを取り出してごしごしとこすった。

「いくらなんでも、限度ってものがあるわ。」

リナリーちゃんはため息をついて、私とともに植え込みの淵に座った。

「大丈夫だった?」

リナリーちゃんはラビ君からすべて聞いたように見える。私は頷いた。

「私が初心だから、からかわれただけ。」

「それでも普通しないことよ。ラビはやりすぎよ。」

私のために怒ってくれているリナリーちゃんに私は苦笑した。

「私は気にしてないし、大丈夫。」

「そうね。怜唯がなんとも思ってないならいいのよ。」

リナリーちゃんは立ち上がって、自分の腕時計を見た。

「あと少しで休憩は終わりね。そろそろ行こっか。」

うなずいて私も立ちあがる。そのとき、

「ちょ、タンマタンマ!」

ラビ君の悲鳴が小会議室から聞こえてきた。私たちは火急な声に慌てて小会議室へ行く。

「神田!」

神田君がラビ君の胸ぐらをつかんでいた。目はラビ君を射殺さんばかりで、その視線を向けられていなくても私は少し背筋が凍った。
リナリーちゃんが神田君を止める。

「今度は何?」

私が問うと、神田君がこちらを強い瞳で見つめた。

「なんでもねぇって、んなわけなかったじゃねぇか。」

「なんでもないとは言ってない、よね。」

あれは自分に言い聞かせてたやつだ。

「どっちの頬だ。」

「私がもう拭いたわ。」

「ちょ、なんか酷くね?」

ラビ君のことを二人がばい菌みたいに扱うので、私は少しラビ君がかわいそうになる。

「関係ねえ。答えろ、どっちだ。」

神田君は何がしたいのかわからなかったが、とても怒っている。私は答えて神田君の気が沈むなら、と右だと答えた。

神田君は私に歩み寄り、がしりと私の右肩をつかんだ。「ちょっと神田、」とリナリーちゃんが咎めるような声に、神田君は「うるせぇ」と答える。リナリーちゃんが止めようとするのは無理もない。力強く右肩をつかまれて、私だって何をされるかわからないのだから止めてほしい。神田君は次に、私の左頬に手を添えた。ん?この手は何?と神田君の頬の上の手と神田君を見比べる。

「神田君、」

何をする気か問う前に、神田君の唇が私の右頬とくっついていた。
私はもちろんだけど、リナリーちゃんもラビ君も相当驚いていた。リナリーちゃんなんか、自分の頬に両手をつけていた。
顔を真っ赤にする暇などなく、私は混乱した。すっきりした、という表情の神田君を見、驚いている様子のリナリーちゃんを見、ラビ君を見る。ラビ君は驚きから回復して、笑みを浮かべていた。もう恋愛を避けれないぞと言われているみたいに思えた。

top main
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -