きっと最後は手を伸ばす | ナノ
きっと最後は手を伸ばす
たった今閉めたドアにもたれて、レウはそっと目を閉じた。
だんだん体の力が抜けて、自然と彼女は地面に腰を下ろした。


「……ご、め、なさ……」


誰にも聞こえないように、彼女は空へむけて言葉を発する。
赤子が始めて発するような拙い言葉だ。それでも、人語を発したことには変わりなかった。


「……ごめん、な、さい……」


もう一度、はっきりとレウは言った。彼女の目の端から、涙が零れ落ちる。
彼女は、両親や仲間たちのことを思い浮かべる。そうして心の中でもう一度謝る。自分が許されざることをしていることに対して、謝り続けた。
人の形をとったそのときから、話そうと思えばできた。それでも話さなかったのは、人間と馴れ合うつもりがなかったからだ。両親と仲間を殺した奴らと同種のものに、何も悟らせたくなかった。けれど、彼女は人間を憎しむこと、壁を隔てることをやめようとしている。許したわけじゃない。人間に対して嫌悪感が全てなくなったわけじゃない。だけど少しは寄り添おう、寄り添いたいと思っている自分もいる。子供の隣にいることを受け入れたいし、許されたいと願っている。
レウはそんな自分に戸惑って、どうしていいか分からなくなった。


「……レウ?」


静かに涙を流し続ける彼女の耳に、低めの声が聞こえた。
顔を上げると、クロだった。
クロはレウの泣いている姿を見ると狼狽えた。レウもクロに今の姿を見られて狼狽えた。

レウはとっさに逃げ出した。


「っ、待て!」


クロに手を掴まれる。レウは直に伝わる温もりにハッとさせられた。
けれど今のレウは人間を受け入れられる状態ではなかったので、なかなか離れない腕の持ち主に向かって彼女は人語を喋った。


「は、な、して……」


驚いたクロは、するりと言葉に従った。レウはその隙に逃げたのであった。



*



レウは、掴まれた腕に触れながら、森の水溜りを目指して歩いていた。
両親たちが死んで、一人荒野をさまよっていたときは無かったぬくもりが今は手中にある。それだけで、孤独ではない自分がいた。
本当はずっと、温もりがほしかったのかもしれない。何でもいい、自分に寄り添ってくれる温もりだ。

昨日、レウがじっと覗き込んでいた水溜りは少し水かさが減っていたけれど、彼女の姿を見るには十分だった。彼女は、水を通してしか自分を見る術を知らない。
水溜りを覗き込むと、泣きはらしてぐちゃぐちゃな顔のレウがいる。なんて、人間くさいんだ、とレウは思った。けれど不思議と、何も感じない。ただ、今までの自分の表情との差に、感慨のようなものを覚える。
今なら、と彼女は思った。今なら、どんな事実でも受け入れられる。
少し緊張して、レウがイノセンスを発動させると、ちょうど風で水面が揺れた。
レウはじっと、表情を硬くして水面が静まるのを待つ。少しして水鏡が出来上がると、レウは口端をあげてしょうがないと零していた。
人間と獣が入り混じった化け物。それが、今の自分だ。今の自分の心境なのだ。


「……ごめんなさい。」


三度目で、滑らかな発音になった。レウは水鏡に映る自分の目を、両親や仲間のものとすり替えながら、一匹一匹に対して謝った。
レウが人間を許せはしないように、両親たちもレウをずっと許さないかもしれない。けれど、納得しなくてもいいから、ただ知っていてはほしかった。

イノセンスの発動を解く。
レウは、涙を拭ってしっかりと水鏡に映る自分と対峙している。


ずっと前から本当は


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