きっと最後は手を伸ばす | ナノ
きっと最後は手を伸ばす
「(なんで自分がこんなこと)」


神田は心の中でわざと言葉を吐き出した。自分はこんなこと望んではいないのだと自分自身に言い聞かせようとした。


「あ、の……」


神田は後ろをついてくる子供に、ちらと視線を向けてまた戻す。


「お姉さん、は……僕のこと、嫌い、なんですか?」


「自分で確かめろ」


不安げな子供に神田は無感情に言い放つ。
子供はより一層不安になったようだった。それでもレウに会おうとしているのだから、なかなか図太い神経なのではないだろうか。
神田はつい先刻のレウを思い出す。
百獣の王と称されるライオンだった彼女の表情にはいつも、冷酷な気高さがあった。そこには人間らしさなどあるはずもなかった。彼女が人間を蔑むように憎んでいるのはありありとわかった。
そんなレウが、先刻は涙でほおを濡らし、途方もない悲しみに顔を歪ませていた。それはきっと、普通だったら心を痛める光景なのかもしれない。
しかし神田は思う。
人間らしさを備えた彼女は、ハッとするほど美しかった。肌が透き通り綺麗に光を反射させていた。発光していたかもしれない。流れていた涙の粒は、彼女の頬の上ではじいていた。ぽろぽろと真珠が落ちているようだった。


「お姉さんは、どこに?」


話していないと不安なのだろう。
神田には心当たりはきちんとあったが、わざわざ言わなくてもつけばわかることを言うのは嫌だったので、無視する。子供にちらりと視線だけをむけた。よく見ると頬に涙の跡がある。
子供とレウの間に何があったのかはわからない。知る必要も無い。ただ神田は、レウに任務を遂行させにいくだけなのだ。

森へとつくと、神田はまず水溜りを探した。この間、自分がどこで鍛練をしていたのか記憶を辿る。
するとすぐに、レウの後姿を見つけた。
彼女はじっと、水面を見据えていた。しばらく後姿を見ていると神田たちの気配に気づき、彼女が振り返る。彼女は最初に神田と目を合わせた。"気高く"、すがすがしい瞳と出会う。神田は、やわらかな光が自分に差し込んできた感覚を覚えた。
次に彼女は子供のほうへと視線を下げた。子供はびくりと体を固まらせた。神田も子供のほうへと視線を下げる。子供はレウにおびえている風ではなく、彼女に近づきたいようだった。しかしレウに近づいてもいいのかどうか分からず、一歩を踏み出そうとしては躊躇うように重心を元に戻している。子供は自身の足元を見て、もどかしそうにしていた。

そんな子供の代わりに、レウが一歩前に出た。


「……お、いで」


レウがつたない言葉を話す。子供が、はじかれたように顔を上げてレウをみた。
そういえば、と神田は思いだす。彼女の涙と出会ったとき、彼女は言葉をしゃべっていた。今までずっと無表情と無言を貫き通していた彼女が戸惑いながら言葉を発したのだ。神田はそのことにも驚いていたが、何よりも泣き顔のほうが印象的で半ば忘れかけていた。
彼女はどんな思いで言葉を話しているのだろう。心底毛嫌いしていた人間の言葉を、どんな風に発しているのだろう。
神田は子供の救われたような表情から、レウに視線を戻した。
彼女の表情をとらえた瞬間、神田は息を呑んだ。
レウは微笑んでいた。ほんの少しだけ口角を上げて、目を細めていた。本当にごくごくわずかな笑顔。しかしそれだけでさっと彼女を彩る世界は変わる。

彼女がゆっくりと手を持ち上げて、子供に差し出すように向けた。


「……おいで」


彼女の笑みが深まる。それと同時に、きらりと目の端が光っていた。


「うん!」


子供の嬉々とした声が聞こえ、そのときには神田の横を通り過ぎて子供はレウの懐に飛び込んでいた。


きっと最後は手を伸ばす


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