きっと最後は手を伸ばす | ナノ
きっと最後は手を伸ばす
レウは夢を見た。
夢の中の彼女はイノセンスを発動していなくともライオンの姿だった。教団の森で、地面に敷き詰められた落ち葉を踏みながら歩いていた。木漏れ日の柔らな温度が肌に染み込む。寒すぎも暑すぎもしない過ごしやすい日だ。


「お姉さん!」


自然の音しか鳴り響いていなかった空間に、聞こえてはならない声が突き刺さった。薄い膜で守られていたような脆弱な自然空間は、たったその一言で一気に張り裂ける。


「僕お姉さんに会いたかったんだ」


ライオンの彼女を臆することもなく抱きついた子供に、レウは固まる。
自分は会いたくなかった、と心の中で呟けば子供が至近距離で、ばっ、と顔を合わせた。


「違うでしょ?」


レウの心の声を子供は聞いていた。レウは目を見開く。子供の言葉もそうだったが、その表情にすっと背筋が冷えたからだった。


「お姉さんは、僕に会いたいんでしょ?僕のことを、好きなんだ」


レウは子供から一歩遠ざかった。
違う。レウは否定した。人間である子供を自分が好きなはずはない。彼女は強く否定した。


「素直になった方がいいと思うよ。……じゃあ、また会おうお姉さん」


子供は、ばいばいと手を振って去って行く。どうして、また会おうなのだろう。もう会うことはないというのに。彼女は眉をひそめる。

子供は背を向け去って行く。すたすた、すたすた。すうっと、その姿は光に溶けていった。



*



まぶしい。
まぶたの奥があまりにも眩しくてゆっくり目を開けるとさらに眩しかった。ちょうど窓から太陽の日が差し込んでいた。
起き上がると、なにかがするりと落ちた。一枚の大きな布だ。いったいこれは何なのかと思っているとガチャリとドアが開いた。


「……」


クロは、入ってくるとちらりとレウを一瞥し、それから床に落ちている布をみた。クロは無言でそれを拾い上げ、叩いて汚れを落とし、ベッドに投げやった。どうやら人間たちが眠るときに使うものらしい。ベッド以外にも使うものがあったのか、と彼女は初めて知った。
彼女が眠りにつく前にあった生肉は無くなっていた。クロが処分でもしたのだろう。
レウが窓の外を見ると、太陽は真上の位置から少し過ぎたあたりにあった。どうやら彼女が眠っていた時間はそこまで長くないらしい。


「ついてこい」


ここにいろ、とレウが眠る前に言ったのはクロだ。だというのにクロは布を適当に直すとすぐさまドアの前に立って、自分の後をついてこいという。レウは、やはり人間の勝手さにむかっ腹が立ってくるのであった。


「任務だ」


しかしクロのその一言を聞くと、レウの体は硬直した。そしてサボテンのごとくからだのいたるところに神経を尖らせた。
今は任務に行きたくない。心よりも先に体が反応していたのだった。


「はっ……なんだ、怖いのか」


クロがレウを笑う。レウの今の状態を知って、クロはそういっているのだ。しかしなんと言われてもレウは任務に行くつもりはない。
レウはクロをにらみつけた。もしもクロが力ずくで任務へ連れて行こうとするそぶりを見せたら、彼女は迷い無くクロの首筋に噛み付き、窒息死させていただろう。ライオンの姿でなくとも、それは容易なことだった。

しかしそうではなかった。クロは、ドアの外のほうへと目をやると、「入って来い」と何者かを呼んだのだ。


「お姉さん!」


彼女は何者が入ってくるのか身構えていたが、その子供の声を聞くと彼女の緊張ははじけて消えた。
そして彼女の腰周りに走った衝撃によって、彼女の体を覆う神経の棘もぽろぽろと抜け落ちていた。

彼女は一瞬子供を受け入れたあと、はっとしてすぐさまその体を引き剥がした。
しかし彼女は直感的に後悔していた。おそかった、と。


亀裂から隙間風


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