ミュテの従者4


「お前が知りたいとだだをこねるから調べてきてやったんだ。花になんて興味もないのに。感謝しろよ」
「感謝します」
 おどけた調子でサンディが頭を下げる。
 話は途切れ、どちらも黙った。互いに考え事をしているようだった。
 サンディが池に手をさし入れる。青いピドゥをすくいあげ、それをもてあそんでいた。白い手から、ぽたり、ぽたりと雫が落ちる。落ちた雫は地面のしみとなった。
 サンディから花の香りがする。ウグノシュと似た香りだ。ここでは誰の香りも似通っている。微妙に異なるのかもしれないが、ムタに嗅ぎわけることはできなかった。
 サンディの手の上で転がるピドゥを見るともなく見ていたムタは、ぽつりと言った。
「サンディ」
 ゆっくりとサンディがこちらを向く。ピドゥに照らされた顔は青白い。
「お前は咲く場所を定められた花ではないだろう」
 サンディは目を見開いた。
 その表情が何を意味するかは判然としない。その後彼が微笑むので、いよいよわからなくなる。ムタも苦笑に近い微笑を返すしかなかった。


 翌日、城の中を徘徊していたムタは、またぞろ執事ウグノシュと顔を合わせることとなった。
 執事はいつものように嫌そうな顔をするが、昨夜は眠れなかったのか、疲労の色が見てとれる。悩みの種は言わずもがな、ここの主のことだろう。
 もしかすると彼は例の「しきたり」について思うところがあるのかもしれない。だが立場上、その心情を吐露することは許されていない。
「サノはどこだ」
「庭園にでもおられるのだろう」
 昨日の話を再び持ち出すかと思ったが、執事はろくにムタの顔も見ないで忙しそうにその場から立ち去った。
 サンディのお気に入りはバラの庭園だから、ひとまずそこへ行ってみようか。ここは城だけではなく庭園も広い。見当もつけずにさがし歩くのは骨が折れる。
 途中、梯子を持って歩いている庭師をつかまえて尋ねてみると、サンディを見かけたと言っていた。やはりバラの庭園に向かったようだ。
 いよいよ庭園が見えてくると、道の両脇にある灌木に咲いたバラが目につくようになる。
 ムタはこの気品あるバラという花が嫌いではないが、好きでもなかった。だが、棘があるのは気に入っている。いかにも挑戦的で、気取っているように見えるところがいい。
 あずまやがあった。そこには白や薄い紅色のバラがたくさん這わせてある。地面は花びらで埋め尽くされていた。その花びらのじゅうたんの上で小さな影が動いている。
 サンディが可愛がっている子ゾウの一頭だ。花をむしゃむしゃ食べている。
「ほどほどにな。腹を壊すぞ」
 ムタは子ゾウの背を撫でた。
「ミュテはどこにいる」
 まだものを喋らない子ゾウだが、ミュテという名前はわかるらしく、顔を上げて遠くを見た。視線の先にサンディはいるようだ。ムタは足を進めた。
 サンディがいた。バラを眺めていた。
 声をかける前に気配を察知したのか、サンディがムタを見る。
「ああ、ムタ」
 風が吹き、花弁が舞った。
 この辺りはどこにいても、花の香りが漂ってくるのだ。
 だからここに一日もいると香りに慣れてしまうのだが、今は一段と強い芳香に嗅覚が反応した。
 心も安らぐバラの香り。
 甘ったるい。
 ムタは料理をする時の、肉を焼いたり野菜を煮込む匂いの方が好きだった。
 サンディはまた花を見ている。彼も花なのだから、花が花を見ているということになるのだろうか。いや、ゾウか。それとも人か。
 全くややこしい。どうだっていいのだ。
 ムタにとってサンディはサンディなのである。
 さて、とムタは思った。前置きをしたりとまだるっこしい話し方はムタの性に合わない。よって、単刀直入に尋ねることにした。
 本当なら昨日聞こうと思ったことだが、柄にもなく躊躇して先送りにしてしまったのだ。一応、その答えの予想はついてはいた。
「お前、王になるのか」
 彼らの周囲の多くの者が、当然だがこの問題に関心を寄せている。王位を継ぐのは当たり前だとして、テュ・ガロが王になるのは過去に例がなく、それについて、いくらテュ・ガロへの差別や偏見がないにしても、憂慮する者もいるだろう。
 そしてウグノシュのように――本人に聞いたわけではないからムタの勝手な憶測だが、非力なサンディにあの過酷な試練を受けさせることに疑問や迷いが生じている者もいるだろう。
 ムタが慮るのは、サンディの胸中のことだった。
「はい」
 淀みなく、サンディはムタを見据えて答えた。思った通りの返答である。
「どうして」
 どうしたもこうしたもない。ならねばならないから、なるのだ。選択の自由などありはしない。
 それでもムタは、本人の口から聞かずにはいられなかった。
「理由を、聞きたいですか」
「ああ、聞きたい」
 これではまるで責めているかのようだ、とムタは自分に呆れた。
 たっぷりと間を置いてから、サンディは言った。
「退屈だからです」
 ムタはぽかんと口を開けた。
 予期していた「責任」だの「義務」だのとはかけ離れた言葉である。あまりにも不意打ちだった。
「退屈しのぎに、王になってやろうと言うのです」
 いたずらっぽく笑みを浮かべるサンディに、ムタは呆然としていたが、ついに吹き出した。
 笑いが止まらない。のけぞって笑った。
「こりゃあ、傑作だ。連中が聞いたらみんなひっくり返るぜ」
 サンディも笑い声こそあげなかったが、楽しそうにしている。
「どうやら俺はお前をみくびっていたようだな。お前はいい王様になるよ」
 彼の言葉は強がりとも取れるだろうが、ムタは本心だと思った。サンディは馬鹿がつくほど正直だ。いつだって思ったことを、包み隠さず話す。
 しかしこんな話をウグノシュが聞いたら卒倒するかもしれない。結局、思い煩っていたのは周りの者達だけだったのだ。
 ひとしきりムタが笑った後、サンディは口を開いた。
「それで、ムタにお願いがあるのです」
「何だ」
 唇を噛んで、一瞬サンディは黙った。
「青い塔へ行くには、供の者を一人連れて行くことができるのですが」
「ウグノシュがそんなことを言ってたっけな」
「それで、その」
 口を開けたり閉じたりしてから、ようやく続けた。
「私の従者になっていただけないでしょうか」
「いいよ」
 あっさりと即答したので、サンディは面食らっているようだった。
「何だよその顔」
「ウグノシュが言っていたんです。ムタは従者にならないだろうから、あてにしても無駄だと。てっきり断られると思いました」



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