ミュテの従者3


「ミュテが王になられるのは決まっていたことだ」
 ウグノシュはムタと向かい合って座っていた。
「あいつは王に向かないぜ。気骨はあるが、優しすぎる。それに本来なら女として育てられるはずだった。テュ・ガロだからな」
 テュ・ガロ――新しい人、という意味の言葉である。
 サンディのように突然変異の者をそう呼ぶ。黒いゾウの一族に生まれる白いゾウがそれだ。
 原因はわかっていない。黒いゾウと同じように、普通に育つ。ただ少し、身体のつくりが違うのである。
 突然変異のテュ・ガロには性別がない。
 とは言え成長するにつれて特に筋肉が発達するわけでもなく華奢であり、気質も穏やかな場合が多いので、一般的には女として生活していくことになるのだ。
 色の違いで同胞を差別する者はおらず、全体の一割にも満たないテュ・ガロは平穏に暮らしていけるのであった。
「我が一族で女の王は認められていない」
 きっぱりとウグノシュは言った。
 ムタが深く椅子に腰かけ直す。
「なるほど。サノはお前らの都合の良いように育てられたってわけだ」
 サンディは――王は、一族にとって冠なのだとムタは思った。
 黒いゾウの一族にとって、王というのはただただ象徴なのである。サンディは一族の相応しい象徴となるべく、男として生きることを強要され、無茶なしきたりに従わされる。冠を取りに行くということはすなわち、己が一族の冠となるのと同じことではないだろうか。
「サノは選択することすら許されていないんだな」
「ミュテが王位を継がれるのは、義務なのだ」
「義務」ムタは鼻で笑った。「お前らのつまらん冠になることがサノの義務か」
 ウグノシュは表情を険しくした。
「ミュテは拒んでおられない」
「それはそうだろう。王になるのは義務だと、お前らがあいつに思わせたんだから」
 声こそは荒げなかったが強い調子で言うと、ウグノシュは押し黙った。目を伏せている。何を考えているのだろう。
 思い返せばこの執事は、サノが幼い頃からずっと傍にいたのだ。
「忘れられた都の青い塔へ行くと聞いたが」
 ムタが言った。ウグノシュが頷く。
「ミュテが一人で向かわれる」
「一人で」
 思わずムタは聞き返した。驚かずにはいられない。
 鍛錬を積んだ武人であっても、無事に帰ってこられるとは限らないのが青い塔だ。サンディはともかく、ウグノシュがそれを知らぬほど無知なはずはない。
「どういう理由で一人で行かせるんだよ」
「しきたりだ」
「しきたり、ね」
 うんざりした。まるで魔法の呪文のようだ。どんなにいかれた内容であっても、それが「しきたり」と聞けば真っ当で従うべきことだと皆信じ込んでしまうらしい。
「ただし、一人だけ供の者を連れて行くことを許されている」
「それもしきたりか」
 またムタは鼻で笑った。
「ああ」
 一人いたところでどうなる。大事な王族の身を平気で危険にさらす彼らの神経を疑った。
 ふと、ウグノシュがこちらを見つめ、しかもその眼差しがやけに真剣であることに気がついた。
 そしてようやく、合点がいった。この為に呼ばれたのだ。
「俺がサノの従者になれと言うのか」
「用心棒の経験があるそうだな」
「あるにはある」
 腕を買われて、小金稼ぎに用心棒の真似事のようなことをしたことはあった。
「ファトファト、青い塔に現れる王冠には、一族の間に伝わる古い文字が刻まれている。気にはならないか」
 取り引きを持ちかけようとしているらしい。用心棒を引き受ければ、冠に刻まれた文字を読むことを許すとでも言うのだろう。執事はムタの趣味が文字の蒐集であることを心得ている。
 ムタは立ち上がった。
「断る」
「ファトファト」
「話はそれだけなんだろ。俺は部屋に戻る」
 出て行くムタを、ウグノシュはそれ以上引きとめようとしなかった。眉間を押さえ、ムタを見送ることもなく、深いため息をついただけだった。


 ムタは小さなピドゥを吊り下げ式のランプのような移動用の容器に入れ、それを手に提げて中庭に出た。外の空気が吸いたくなったからだ。
 堅牢な城は広いわりに、どうしてか息苦しくなる。
 中庭には噴水と大きな池があった。ピドゥなど要らなかったと思わせるほどに、外は明るい。月明かりが降り注いでいるからだろう。
 庭には先客がいた。
 二頭の子ゾウと、この城の主だ。黒い子ゾウ達は生まれてまだ一歳にも満たない赤ん坊だろう。人に姿を変える力が備わるのは先のことで、だからいつでもゾウのままでいる。
 サンディは身をかがめ、小さな子ゾウの背を撫でていた。無邪気な子ゾウは鼻を揺らし、サンディに甘えている。
 そんな様子をしばし見つめてから、ムタは彼らに近づいていった。
「ムタ」
「今宵は満月だな」
「ええ」
 二人は並ぶと、揃って月を見上げた。子ゾウ達はどこかに去っていく。
 月光は冷たくて優しく、目を閉じれば体の中にその光がしみわたるのを感じることができる気がした。柔らかな夜風が肌を撫でる。
「ムタ」
 サンディに呼ばれて、我にかえった。長いことぼうっとしていたようだ。
「白い花<サンディ>の話をしてくれませんか」
 サンディは微笑んだ。月明かりの下で、その肌はいつにもまして白く見える。
 ムタはピドゥの容器を置き、池の前に腰を下ろした。サンディもその隣に座る。池にもまた小さなピドゥがいくつか沈んでいたが、それは青い微光を放っていた。色のあるピドゥは珍しい。仄かな光は水に滲み、池全体がじんわりと青く光っているようだった。
「<サンディ>は創世の時代に咲いた花なんだ。その花の種から全ての植物は生まれた。それは大きくて美しい花で、まあ、俺達から見れば大きいんだが、その頃は何もかもが大きかったらしい。花を育てた奴もばかみたいに大きかったらしいから、そいつから見れば大きくはなかったかもしれないな」
「花を育てた人がいるんですか。人間ですか」
「人の姿をした神だそうだ。そのうち<サンディ>はそこにいることに飽いて、別の姿に変わって旅に出た。行方を知る者はいない。今、地上で咲いているサンディという花は、創世時代に咲いた<サンディ>が旅する間、流した涙が種となり咲いた花らしい。これが、白い花サンディにまつわる伝説だ」
 サンディ――花と同じ名のサンディは緋色の瞳でムタの顔を見つめると、笑みを浮かべた。
「詳しいですね」



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