始祖鳥の血2


「欠陥品だと思われるのなら、パーツを取りかえても宜しいんですよ。どうぞ、新しいパーツを取り寄せて下さい。気に入らないのなら、かえたらいいのです。私は構いませんよ。交換してはいかがですか、この、目玉を」
 ムーは空唾をのんだ。
 サンディはそれほど強く腕をつかんでいるようでもないのに、その手から逃れることができない。
 彼はいやみったらしくない、最もほどよいと思えるくらいの笑みを相変わらず浮かべている。だがその目に表れているのは「非難」だった。軽蔑の眼差しだ。
「はなせよッ」
 焦りからムーは大声をあげた。
 サンディがすんなりと手をはなす。
 ふと、このまま殴られるのではないだろうかという考えが頭をかすめたのだが、そんなことは万が一にもありえない。ドールが主人に手をあげることなどあるわけがないし、非難するということも考えられない。
 つまり、気のせいなのだ。
 人の姿に似たドールの、いくら作り物だとはいえ、パーツを簡単に取りかえることに後ろめたさを感じていて、だから責められているような気になったのだ。
「僕は、いいよ。そのままでいい。お前が不便を感じないなら、交換することはないじゃないか」
 平静をとりつくろいながらぶっきらぼうに言った。微かにだが鼓動が速くなっている。
「そうですか」
 サンディはゆっくりとまばたきをした。


 それから数日が経過した。
 ムーはまだ、サンディの存在を受け入れられずにいた。しかし様々な感情がないまぜになり、結果的にサンディを追い出せずにいる。
 彼を嫌悪しているようでもあり、興味を持っているようでもある。
 ムーは困惑していた。自分の気持ちを持て余している。ドールごときに振り回されるのが不愉快だったが、どうしようもない。
 こんなことなら、ドールなど頼まなければよかったと悔やんだ。
 これまで何事もなく、漫然と日を暮らしていた。ドールが来たことによってそんな毎日にひびがはいってしまった。
 サンディの左目はあれ以降も変化し続けた。マジェンタやビリディアンに変わる。そのうちムーには、そこにサンディの感情が表れているとしか思えなくなった。
 馬鹿げたことだ。作りものに感情などあるはずがないというのに。
 それでもそう思ってしまうのは、色が変わるのが大体会話をしている時で、彼にとって気分のよいようなことに話が及ぶと、決まって赤系統の色になるからだ。
 そしてムーは、初日に覚えた違和感の原因がわかりはじめていた。
 サンディは、ドールらしくないのだ。
 サンディがムーを凝視することをやめなかったので、腹いせにムーも彼を観察した。そこで気がついたのだが、彼は一挙一動が人間じみている。
 何よりも奇妙なのが、ドールらしく振舞おうとつとめているように見えることだ。本来なら、逆のはずである。ドールはより人間らしく見せようとするはずだ。
 彼の場合は、まるで、ドールを演じているかのようだった。
 それともこれは、気のせいなのだろうか。
 起居をともにしても、決定的な証拠はつかめない。サンディはドールなのか人間なのか。もし人間だとしたら由々しき事態だ。赤の他人と生活していることになる。
 愚かしい妄想だろうか。
 よく考えてみればおかしなことだ。彼が人間だとして、ここに住むことに何の得があるだろう。
 それでも不安は取り除かれず、ムーは思い切った行動に出た。
「サンディ。お前実は、ドールではないんじゃないか」
 面と向かって質問してみたのだ。
 その時ムーは日課となっている部屋中の消毒作業の真っ最中だった。薬剤をふきつけたテーブルを白い布で拭いていた。
 背もたれのある椅子に座り、サンディはムーの作業を見つめていた。
 ムーは顔をあげ、サンディに目を据えた。些細な表情の変化も見逃すまいと思ったのだ。サンディの左目はマラカイトグリーンだった。
「おかしなことを仰るのですね。そう思われる理由をお聞きしたいです」
 余裕すら感じられる笑みで問い返す。動揺など微塵も見られなかった。
「理由と言われても」
 ムーは口ごもった。
「それでは、これを御覧下さい、ムー」
 サンディが顔を近づけてくるので、ムーは体を引きそうになった。その色の変わる瞳が、どうしても苦手だった。
 サンディは舌を出した。その舌先には、『ブラック・エレファント・カンパニー/サンディ121350』という印字があった。
「おわかりいただけましたか」
 舌を引っ込めると、サンディは歯を見せずに笑った。
 ムーは頷くしかなかった。


 あいつは本当にドールなのだろうか。
 印字を見せられてから何日も経ったが、まだムーは得心がいかなかった。あることを思いたち、自室に引っ込む。サンディはいつもリビングにいた。
 ドアを閉めると、ムーはアンドロイドのカタログを開いた。これを見れば、何かわかるかもしれない。
 カタログの画面は中空に映し出されていた。おや、とムーは眉をひそめた。
 おかしい。
 ブラック・エレファント・カンパニーの頁を見ても、サンディタイプの情報が見つからないのだ。隅から隅まで見たのだが、見落としたのかもしれない。
 試しに検索をかけてみたが、結果を見て愕然とした。

 【該当する商品はありません】

 画面には小さく、そんな文言が浮かんでいる。
 サンディタイプというドールは存在しないのだ。それなら、うちにいるあのドールは一体何だというのだ。
 はっとしてムーは振り向いた。いつの間にかドアが開き、そこにサンディが佇んでいる。ムーの心臓が強く鳴った。
「お前」ムーは緊張から歯をくいしばり、息をついた。「何者なんだ」
「仰っている意味がわかりませんが」
 まだとぼけるのか。怒りを覚え、カタログを激しく指さした。
「僕はこれを見たんだ。サンディタイプなんてないじゃないか。お前は嘘をついている」
 サンディがカタログを見やる。その表情は特に、感情を揺らしたようでもなかった。
「そのことですか」
 左目はアマランスピンクだ。その色がムーには、どこかしら彼が面白がっていることを表しているように感じられた。
「私は最新型なのです。ですから、カタログに載っていないのです」
「嘘だ」
 ムーは即座に言い放った。そんなことを信じられるはずがない。
「それでは最新型が従来のものとどれだけ異なるか御覧にいれましょう」
 そう言ってサンディは数歩進み、ムーの前に立った。おもむろに手を振り上げる。
 次の瞬間、ムーの目の前からサンディがいなくなった。いや、正しくはムーの視界が大きく横へそれたのだ。
 何が起きたのか、初めは理解できずにいた。
 頬にはちりちりとした痛みがある。
 サンディに、平手で殴られたのだ。



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