06



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 引き続き心配する友人達をどうにかなだめ、亜沙子は学校を出た。
 相談をするかしないかは別として、とりあえず例の男を訪ねてみようという気になったのだ。ここ数ヶ月は会っていない。
 夏休みは運転免許をとろうと教習所に通っていてなかなか顔がだせなかったのだ。一応、たまにのぞいてはみたものの、行く日に限って留守だった。わざとらしいくらいいないのだ。実際わざとかもしれない。わざと留守にして喜んでいるのかもしれない。
 意味なんてないが、意味のないことをするのが好きな変人なのだ。
 彼の名前は黒峠有紀。年齢は不詳。亜沙子が見た限りでは二十代後半から三十代のあたりだと思うのだが、本人が「八十歳」だの「三歳」だのとはぐらかすので正確には不明だ。
 職業は探偵。といってもまともに仕事をすることは稀で(不真面目すぎてそもそも依頼が来なかった)、報酬もろくに求めないのでボランティアか道楽のようだった。
 黒峠の事務所は最寄り駅から徒歩数十分、五階立てビルの三階だ。看板は出ていない。ただひっそり、遠慮がちに、事務所のドアに「黒峠探偵事務所」と書いてあるのみだ。それも大分剥げているので判読不能ときている。
 もはやここに事務所を構える意味があるのだろうか。亜沙子は黒峠がここを別荘のように考えているのではないかと思っている。自宅に帰らず、ここでだらだら過ごすのが好きなのだ。
 いよいよ事務所のドアの前に立つと、亜沙子は小さく咳払いをしてノックをした。
「どうぞ」と中から返事があったが、黒峠の声ではなかった。
「こんにちは、円さん」
「柊さん、こんにちは。どうしました?」
 強面に似合わぬ、低く響く優しい声。事務その他の仕事をこなし、かつ黒峠の世話も焼いていて、保護者的役割を果たす円知治は、自分の机に向かっていたが、椅子から立ち上がった。
 とても紳士で礼儀正しい好人物なのだが、着ているシャツがな何故かいつも派手なのと、その顔のせいで、カタギの人間には見えない。
 円に挨拶をしてから何気なく事務所の中を見回すが、黒峠の姿はなかった。いつもだらしなくくつろいでいる椅子の上には、カルタが散乱していた。けん玉とヨーヨーも放置されている。
「有紀さんにご用ですね。実は有紀さん、今外に出てるんですよ。珍しく仕事なんです」
「ああ、いえ、いえ、その……」
 笑う円に亜沙子は口ごもり、自分でもどういう意味のつもりかわからないが慌てて手を振った。



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