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「ええ、まあ」鼻をすすって黒峠は頷いた。「ご覧の通り、風邪が治らなくて」
 だから、病院に行けと言うのだ。
 星樹ユリは何度も頷いている。彼女は薄暗い中でもわかるくらい、派手な化粧をしていた。元々目鼻立ちもはっきりしている、美人の部類の女性だ。眉は細く、アイラインもしっかり引かれ、口紅は過激なほど赤い。
 宮川の母親だとすると、年齢的に派手すぎる気もするが、無理をしすぎているようでもない、彼女に似合う化粧だった。
 亜沙子は控えめに、星樹を観察する。
 宮川に似ているだろうか?
 ――わからない。
「私は占いというものに詳しくないんですが、あなたは道具を使って占ったりしないんですか。あのー、亀卜ですか、その、亀の甲を焼いたりとかは」
 平安時代か。
 冗談か本気か、この男の場合、線引きが難しい。悩んで線を引くのも馬鹿らしいが。
「私はね、何の道具も用いません。相手を目の前にしただけで、未来がわかるんです」
「はあ、未来。では、健康面で言うと、私の未来はどうなるでしょうか」
「七十五歳で亡くなるでしょう。死因は心不全です」
 星樹は煙草に火をつけた。ふかした煙草の先端が、赤く光る。
「結構長生きするんだ。良かった。ねえ、柊君」
 黒峠が何歳まで生きようが何ら関係ないのだが、亜沙子はとりあえず適当に「そうですね」と相づちを打っておいた。
「あら、安心するのはまだ早いですわ、黒峠さん。あなた、すぐに風邪を治した方がいい。その風邪はあなたに悪いものをもたらします。それに、長引くと命に関わりますからね。肺炎にでもなったら大変でしょう」
「大変ですね。そのうち病院に行ってみますよ」
 嘘に決まっている。黙っていようと思っていたのだが、亜沙子はつい我慢できず横槍を入れた。
「でも、黒峠先生は七十五歳の時、心不全で亡くなるんでしょう。風邪が長引くと命に関わるって、矛盾してませんか」
 星樹は余裕のある笑みを浮かべて、亜沙子の方を向く。
「柊さん、未来は常に変化します。あらゆる可能性があるの。この方が七十五歳で亡くなるという未来が、今は一番強く見えるだけ。でももし風邪が悪化して体をこわせば、未来は別の方向へ進んでいくのよ」
 彼女の意見はもっともだ、とでも言うように黒峠は激しく頷く。あんたはどっちの味方なのよ、と亜沙子は睨んだ。
「とにかく、あなたには黒い影が見えます。気をつけて」
「ありがとうございます」



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