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 狭い通路を進んでいくと、漂う煙が次第に濃くなっていく。くすんだ紫、くすんだ赤、くすんだピンクの薄布が天井から下がっていて、進路を阻む。邪魔でしかない。それを黒峠が大げさな仕草ではらいのける。
 水の都の祭りで見るような仮面が壁に並んでいて、面白がった黒峠が土産に持ち帰ろうとするのを取り上げる。
 そうして、星樹ユリのいるらしい部屋の前までたどりついた。
 亜沙子と黒峠は、無言でドアの前に佇む。紫色に塗られたドアだった。
 少しだけ開けた隙間から、黒峠は部屋をのぞきこむ。向こうもこちら側と同じで、薄暗いようだった。
「柊君も見てみない?」
 と言われて中をのぞこうとすると、黒峠はドアを勢いよく開けて、亜沙子を軽く突き飛ばした。
「痛い! 何するんですか!」
「君、車に乗る時に私を突き飛ばしただろう。お返しだ」
 案外根に持つ性格らしい。憎々しい男である。
「黒峠さん?」
 女性の声がした。
 赤い色の光が部屋に満ちている。部屋の真ん中には丸い机が置かれて、そこのランプが、椅子に座る女性の顔を照らしていた。彼女が星樹ユリなのだろう。
 店の様子からして、ここの主は余程度肝を抜くような格好をしているのかと思いきや、すっきりとした淡いブルーのスーツを着ている。受付のマスク女よりまともだった。
「どうぞ、お座りになって」
 水晶玉のような、「いかにも」なアイテムも見当たらない。
「あなたは?」
 尋ねられて、亜沙子は会釈をした。
「彼女は付き添いの柊さんです」
 うんざりした態度で黒峠が簡単に紹介した。
 木製の椅子に座ると、星樹ユリは先ほど黒峠が記入した用紙を取り出した。
 水晶玉もタロットカードもないが、大きな灰皿には煙草の吸い殻が山になっている。煙の発生源はここだったとみえる。
 部屋には窓があるものの閉め切られていて、カーテンもかけてある。煙のせいか、息苦しかった。
「健康のことでお悩みのようですね」
 静かな口調で星樹が言う。



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