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「何だか、よくわからないことだらけで、頭が疲れてきちゃった」
 亜沙子はぼやいた。
「だろうね。君は賢い子じゃないから、勉強のことでは特に苦労するだろう。私の聡明な頭を貸してあげたいよ」
「うるさいですよ」
 黒峠は手紙を丁寧に折りたたみ、コートのポケットにしまった。先ほどの本を本棚に戻している。そして本棚の方を向き、亜沙子には背を向けたまま、彼は言った。
「何にしても、もう私と君が会う理由はなくなったね。当分顔をあわせる機会もないだろう」
「え?」
 黒峠は二、三度咳をすると、書庫の出口へ向かった。
「先生、黒峠先生」
 亜沙子がそれを追いかける。
「どうして会う理由がなくなったんですか」
「だってそうじゃないか。君はストーカーについての相談をするために私を訪ねてきた。ストーカーの正体は判明し、もうつきまとわないと言っている。これにて解決。どうだい? まだ我々が会う必要があるかい?」
 亜沙子もそう思ってはいたのだが、まるでさっさとおさらばしたいというような物言いには傷ついた。
 黒峠が鼻をすすってまた咳きこむ。会う度に風邪が悪化しているようだった。
「風邪、大丈夫なんですか?」
 黒峠は気だるそうに頷いた。
「解決って、叔父さんの手紙はどうなんですか」
「別に解決しなければならない問題ではないよ、それは。わかる時がくればわかるだろう。とにかく、この件は終わり。お疲れさま。いや、君はこれから試験だったね。まだ疲れそうだ」
 笑いながら黒峠は亜沙子の肩を叩く。鼻声気味だった。
「じゃあね、柊君。試験がんばるんだよ」
 そう言い残すと、黒峠は歩き出す。亜沙子はそこに残されて、長い間立ち尽くしていたが、唐突に走り出した。ここが図書室ということも忘れて、走って出て行った。
 もう黒峠はどこにもいない。
 どこよ、どこに行ったのよ。
 校門を出てその先の坂の下を見ると、黒い背中が目に入った。



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