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 結局は人目についている。連絡しないでこんなところで待っていても、会えるはずがないではないか。
「宮川君のことだけど」
 宮川、という名前に亜沙子は反応して、微妙に表情を変えた。それを黒峠は見逃さなかった。
「あの後、宮川君と会った?」
 聞かれて、思わず首を横に振る。報告するほどのことでもない。
「君には近づかないと思うけど、一応わかったことを伝えるよ。宮川達哉というのは本名。年齢は十九。両親は離婚していて、父親に育てられた。その父親は暴力団関係者だね。一時期は母親に育てられて、鈴木と名乗っていたこともあるそうだ。それから……」
「待って下さい。私、宮川君の詳しいプロフィールに興味なんてありませんよ」
 そう言うと、黒峠は不思議そうな顔をした。
「君は知りたがり屋さんだから、是非聞きたいって言うと思ったんだけど」
 何を根拠に決めつけているのか。彼があんな行動をとった理由なら知りたいが、生い立ちなどは聞いても仕方がないではないか。
「そんなことを言うためにわざわざ学校まで来たんですか」
 呆れていると、黒峠は「そうだそうだ」と手を叩いて、懐から封筒を取り出した。
「君のところにもコレが届かなかった?」
 その封筒に書かれた字は知っている。今朝亜沙子のところにも届けられた、和也からの手紙だ。黒峠が持っている方には「黒峠有紀様」と宛名書きがあり、差出人の名前はなかった。
「まさか先生のところまで……」
「私の方にも切手や消印はないね。わざわざ事務所まで届けてくれたらしい。余程大切なことでも書かれているのかと思いきや、入っているのは紙切れ一枚だものね」
「私のも同じです」
 封筒の中には、小さな紙切れが一枚。手書きで一言、こう書かれていた。

『君に声は聞こえない』

 紙の中心に、控えめな大きさで、この一文だけが書かれている。
「どういう意味なんだろうね。暗号かな? 和也さんが好きな歌の歌詞の一部とか?」
「わかりませんよ、そんなの」
 和也との交流はほとんどないに等しいのだ。
「声って、何の声だろう」
「さあ」
 黒峠が腕を組んで唸る。亜沙子もそれにならった。
 和也は自分と黒峠に何を伝えたかったのだろう。彼の言うように、まるで暗号じみている。叔父は変わり者だが、全く意味のないことをする人間ではないはずだ。ということはこれは、彼なりの何かを意味するメッセージなのだろう。しかし、ヒントがなさすぎて解読できそうにない。



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