「それから、その手紙」
指さされた封筒を亜沙子は反射的に後ろへ隠した。
「柊和也の言うことは、気にしない方がいいですよ」
亜沙子は目を見開いた。
「どうして和也叔父さんのこと知ってるの」
宮川は答えない。
「あなたは誰なの」
「宮川です」
何を聞いても無駄なようだ。
「大丈夫、黒峠有紀とかかわらない限り、あなたには何も起こらない。何も心配せず、テストに専念して下さい」
黒峠有紀には近づくな。その部分をやけに強調してくる。彼に近づくと何が起こるのだろう。爆発でもするのか。
「黒峠先生が、どうかしたの」
「黒峠有紀はずっと逃げているんです。その報いをもうじき受けることになる」
疑問が増えるばかりで、何も明らかにならない。どんどんとこんがらがってしまう。遠くからの警鐘は何を知らせているのだろう。
どいつもこいつも、はっきり言わないで、秘密主義ばかりなんだから。
亜沙子は遠ざかる宮川を、立ったまま見送った。
* * * *
宮川が出現したせいで、危うく授業に遅刻するところだった。間に合ったものの、肝心の授業に集中できない。こんな気が散ったままでは、試験での好成績はのぞめないかもしれなかった。
宮川の言葉を何度も思い出す。宮川が用があるのは、黒峠の方なのだろうか。だったらどうして直接彼に近づかないで、私のあとをつけたのだろう。
そもそも黒峠に何があるのか。逃げていると言っていたが。借金? 凶悪な借金取りがそのうち金を取り立てに来て危険だから近寄るな、とか?
亜沙子の貧弱な想像力ではその程度の予想が限界だった。
しかも宮川は叔父のことまで知っていたのである。わからない。わからないことだらけだ。
ついでに授業の内容もわからない。
シャープペンシルを指で回して、ノートを眺めた。
近づくな、と言われても、宮川があとをつけないなら、ストーカーの件もこれで終わりということになり、黒峠にも用はなくなる。
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