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 女性が「昨日、私と息子は、友達を誘って海へ行ったの。ビーチバレーをして遊んだわ」と言う。男性は、「さぞ楽しかっただろうね。君の息子は、とても元気で可愛い子さ。僕も一緒に海へ行きたかったけど、生憎仕事だったから」と言う。
 海か。海なんて、しばらく行ってない。夏は教習所に通っていて、海に行く暇はなかった。
 最後に海水浴に行ったのは、高校三年の夏休み。友達と、思い出づくりをしようとはしゃいで、遊びに行ったのだ。
 私も海に行きたい。普段は滅多に海への憧れを抱くことなんてなかったのに、やらなければならないことが山積していると、できないことをやりたくなるものらしい。
 これは現実逃避なのだろう。テスト勉強を投げ出して、海でビーチバレーでもできたらどんなに楽しいだろう。青い海、広い空。そこには自由しかない。私は自由をかみしめて、ビーチボールをアタックするのだ。
 もっとも、もう海で遊ぶには時期が遅すぎるが。
 亜沙子は嘆息すると、鞄からあるものを取り出した。今朝自宅の郵便受けに入ってた、自分宛の手紙だ。切手は貼られていない。ということは、誰かが直に届けに来たということになる。
 封筒の表書きの「柊亜沙子様」という字には見覚えがあった。裏返すが、差出人の名前はない。
 和也叔父さん、かな。亜沙子は心の中で呟いた。
 父の弟である和也は少々変わり者で、以前にも同じように手紙を届けてきたことがあった。依然消息不明だが、彼は元気にしているのだろうか。
 封筒を開けようとした瞬間、目の前にあらわれた誰かとぶつかってしまった。
「すいません」
 焦って顔をあげると、立っていたのは宮川だった。亜沙子は飛びきり嫌そうな顔をしてみせた。
「どういうつもり、宮川君」
 黒峠は大丈夫などといい加減なことを言ったが、宮川は懲りずにまた登場した。やはり黒峠の言うことはあてにならない。
 耳からイヤホンを引き抜くと、宮川を睨みつけた。
「朝の忙しい時間に、あなたはとってもお暇みたいね」
 亜沙子の嫌みに宮川は苦笑いをする。
「そんなに嫌がらないで下さい。柊さん、僕はあなたのことを心配しているんですよ」
「なら、私の前に現れないで。私、もう少しでテストなの。人一倍気合いを入れなきゃならないわけ。集中したいのよ。わかった? じゃあ、これで」
 立ち去ろうとする亜沙子の腕を宮川がつかむ。
「痛い!」



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