27


 その時、黒峠のくしゃみが店内に響きわたった。
 振り向こうとした宮崎の腕を、亜沙子が慌ててつかむ。
「ねえ、どうなの? 私、わかってるのよ、何もかも。あなた、私のあとをつけてたでしょう? 本当の名前も宮崎じゃない。学校に侵入して、嘘までついて近づいて、何が目的なのよ。本当のこと、教えて」
 一気にそう言うと、宮崎はしばらく黙って亜沙子の顔を見ていた。やがて、ふっと笑ってため息をつく。
「よくわからないですね、柊さん。僕は宮崎ですよ。誰かに変なことでも吹き込まれたんですか? そりゃあ、僕は根暗だし、柊さんにフラれもしましたけど、あとをつけたりなんかしませんよ。僕が偽物だっていう、証拠でもあるんですか?」
 余裕すらちらつく穏やかな顔で宮崎は問い返す。
 そう言われてみると、この場で提示できるような証拠は持っていなかった。全ては黒峠から聞いた話で、直接自分で確認をとったわけでもない。みるみる自信がなくなってきた。
 黒峠が故意に嘘をついたとは考えにくいが、彼にだって勘違いとか間違いがあるかもしれないのだ。
 確たる証拠がない今、これ以上どうやって詰め寄ればいいのか亜沙子は焦り始めていた。
 また黒峠がくしゃみをして、「すいません」と店員を呼びつけている。緊張感の欠片もないらしい。彼は優雅なディナーを楽しんでいるのだろう。
「僕は、宮崎ですよ」
 亜沙子と宮崎の目が合う。
 宮崎は微笑んでいる。
 その瞳を見た瞬間、亜沙子はあることを確信した。
「嘘」
 亜沙子が呟く。
「あなた、嘘ついてる」
 宮崎は目を細めた。
「何故そう思うんですか?」
「勘よ」
 今までに何度も、嘘をついている目を見てきた。よく近くで見なければわからないが、嘘をついている目というのは、どことなく普通の状態と違うのだ。
 嘘をつきなれている、または強い決意を持って嘘をついている、そういう人の目は、不必要なほど穏やかだ。
 あまりにも揺らぎない瞳。
 上手く説明ができないが、亜沙子にはわかる。どんな微妙な物的証拠や証言より、自分の第六感の方があてになる。
 この男は、今、嘘をついているのだ。



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