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 こんな時だというのに空腹感があるのが悲しかった。大事な話をしている時に腹の虫がなるなどという失態をおかさないか心配だ。
 亜沙子はそっと隅の席に目をやった。
 オールバックに髪をセットし、慣れないグレーのスーツを着た男がステーキに食らいついている。ライスは大盛りを頼んだようだ。見張っている、と言った割には、こちらに目もくれずステーキに夢中になっている。
 黒峠がああいう格好をしているのにはわけがある。いつもの服装は偽宮崎に目撃されているので、別の格好をしてほしい、と亜沙子が頼んだのだ。渋ってはいたが黒峠は受け入れた。「ピンクのスーツがあるよ」と言われたが、当然却下した。いつもの黒いコートは、椅子の背もたれにかけられている。
 なるべく不自然な行動は慎むように忠告したが、黒峠そのものが不自然なので何をどうしようと変わらないかもしれない。どうしてあれほど悪目立ちするのだろう。
 亜沙子が視線を送っても、まるで気がつく様子がなかった。とりあえず黒峠は何の役にも立たなさそうだという事実が改めて身にしみたところで、やっと偽宮崎が登場した。相変わらず、人のよさそうな笑みを浮かべている。
「すいません、ちょっと遅くなっちゃって」
「いいのよ」
 いきなり喧嘩腰になるわけにもいかない。黒峠には「タイミングを見計らって話を切り出すんだ」と助言されたが、それがどういうタイミングなのかがよくわからない。
 まずはさぐりを入れることも兼ねて、世間話からすることにした。
 どこから入手したのか、宮崎は大学の話を持ち出した。あの先生はああだ、あの授業はこうだ、などと言っている。
 二人が注文した食事が運ばれ、半分くらいそれに手をつけたところで、亜沙子は話を切り出す決心をした。タイミングなんて結局わからない。私がここだと思ったところがそういうタイミングだ、と開き直るしかなかった。
 ただ、幾ばくか恐怖心もあり、目を見て喋ることはできなかった。フォークにパスタを巻き付けながら口を開く。
「宮崎君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……。あなた、本当は夜月大学の生徒じゃないんでしょ?」
 宮崎は特に驚いたようでもなく、黙って食事を口に運んでいる。
「どうしてですか?」
「うん。そんな気がしたっていうか……、生徒っぽくないかな、なんて……」
 我ながら歯切れが悪い。もっと強い口調で追求できると思っていたが、いざ目の前にしてみると、しどろもどろになってしまった。



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