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「嫌ですよ、怖いもの。相手はストーカーなんですよ。何かあったらどうするんですか。先生が行ってきて下さい」
「嫌だよ、怖いもの」
 おどけたように黒峠が唇を突き出した。
 その顔にあんたがお気に入りの必殺技をくらわせてやろうか。
 元から姑息で頼りにならないところがあるとは思っていたが、今度こそ失望した。
「よし、ではこうしよう。君と偽宮崎君が話をする間、私は離れたところで見張っている。何かあれば、すぐに一一〇番できるようにスタンバイしておくよ」
 何とも消極的な提案だった。身をていして守ろう、という言葉は聞けそうにない。黒峠にそんな義理はないのだろうが、更にがっかりした。
 約束の時間は今日の六時。
 行くかやめるか、決断するのに残された時間は多くない。今夜のことを考えると気が重かった。
 黒峠がくしゃみをして、腕をさする。
「寒くないかい?」
「いいえ。そういえば先生、顔色が悪いですよ」
「そうなんだ、風邪気味なんだよ。病身をおして君のために奔走してあげているんだ。どうだい、もう私に足を向けて眠れないだろう。精一杯感謝してくれたまえ」
 どうしても素直に感謝する気になれなかった。

 * * * *

 夜など永遠に来なければいい、と思うのだが、そういうわけにはいかない。朝も夜も、必ず交互にやってくる。誰かの事情で夜を飛ばして朝になったりはしないのだ。
 今夜はストーカーとの対決だった。一応気合いは入るが、楽しくはない。嫌な夜になりそうだった。
 指定された店は駅近くにある、「ボンボン」というレストランで、フランス語で飴という意味らしい。亜沙子も店名だけは前から聞いたことがあった。
 店は二階建て。中央が吹き抜けになっていて、こじんまりとしていたが、狭苦しい感じはしなかった。内装は落ち着いているが洒落ていて、センスが良い。夕食時だが、今日は混んでいなかった。
 アンティーク調のかさがついた照明が低い位置にあり、柔らかい明かりがボックス席を照らす。
 亜沙子は目の前に座るであろう対決相手を思い浮かべつつ、メニュー表を眺めていた。手ごねハンバーグの和風ソースがけ、牛フィレ肉のステーキ、カルボナーラの生パスタ、チーズドリア……。



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