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 ショックで失語状態だった。
 言われてみれば、あの人が「宮崎君」である確たる証拠などなかったのだ。香織の話が裏付けとなり、疑おうともしなかった。後々確認しなかった自分にも落ち度があるのかもしれないが、普通、この展開で、彼が実在の人物の名を借りた不審者かもしれないと疑う者がいるのだろうか。
 何よりショックだったのが、その偽宮崎君と食事の約束をしてしまったことだ。
 もう誰も信じられなくなってくる。亜沙子はちらりと黒峠を見た。そもそもこの男だって信用してもいいものだろうか。
 亜沙子の中に生じた疑心を読みとったのか、黒峠が笑みを浮かべた。
「いいんだよ、どちらを信じるのも君の自由だ。優しくて素性の知れない宮崎君と、怪しいが素性の知れている私。さあ、どちらを選ぶ?」
 黒峠の素性も特に知れているわけではないのだが、嘘をついているわけでもなさそうなので信じることにした。しかしあの偽宮崎の目的がいよいよわからない。こんなことをしてまで食事に誘うとは、何を企んでいるのだろう。
「どうしよう。どうしたらいいですか、先生。私、あの人と食事に行く約束しちゃったんですけど」
「知らないよ。君がほいほい男について行くのが悪いんじゃないのかい」
「あなたはどうしても私を軽い女にしたいみたいですね」
 だが黒峠の言うように、軽率だったかもしれない。別に食事へ行くくらい、躊躇うことではないと思ったのだ。それに美樹か香織を誘えばいいと思っていた。しかしこうなってしまっては、友人を巻き込むことなどできない。
 連絡先は聞いているので、丁重にお断りのメールを送ろうか。だが、そんなわけのわからない人間ともう連絡もとりたくなかった。すっぽかそうか? でも、その後が怖い。
「いいじゃないか、食事くらい行ってあげなよ。あ、そうそう。言い忘れてたけど、君のストーカーの正体、判明したよ。君が毎日通ってる道にあるクリーニング屋の店主と私は知り合いでさ、防犯カメラを設置してるから見せてもらったんだ。防犯マニアで、高性能のカメラをつけてるんだ。おかげで君のあとをつけていた人物もばっちりわかっちゃった。例の偽宮崎君だったよ」
「ストーカーと食事に行けって言うんですか!」
 亜沙子が怒鳴ると、黒峠は口の前に人差し指を立て、「しーっ」と注意をした。
「君、ここは図書室だよ。静かにしたまえ」
 怒りが倍増し、奥歯を噛みしめた。
「行って、話をつけてくればいいじゃないか。どうして自分のあとをつけるのか、気になるだろう。大丈夫、いざとなったら君の必殺技である平手打ちで撃退すればいいんだから」
 完全に他人事である。どうにかしてくれそうな様子は微塵もなく、黒峠は「平手打ち」の部分で一人笑っていた。



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