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 この突拍子もない発言に何度振り回されているだろう。
 何も言えずにいる亜沙子に黒峠は質問した。
「さあ、私は山田三郎かな?」
「自分の名前も忘れちゃったんですか? 先生の名前は黒峠有紀ですよ」
「知ってるって」
 強い口調で黒峠は言い返した。「私が言いたいのはそういうことじゃない。私がコンビニ店員の山田三郎だと言ったら君は信じるのか」
「信じるわけないじゃないですか。先生は先生でしょう」
 どうも話がのみこめない。遠回しにせず、さっさと結論を言ってもらいたいものだ。
「それは君が私のことを知っているからだよ。だがもし、私と君が知り合いではなく、初対面だとしよう。しかもそこはコンビニで、私はコンビニ店員の制服を着ている。そうしたら君は、私がコンビニ店員だと思うだろう」
「つまり、何を言いたいんですか」
 苛立たしくなって亜沙子が言うと、黒峠はあからさまに失望した目を向けてきた。君の物わかりの悪さには心底がっかりしたよ、と顔に書いてある。そんな顔をされたった、わからないものはわからない。
「この大学の廊下で、いかにも大学生のような雰囲気の男がいる。彼は君にこう言った。『好きです。付き合って下さい。僕、経済学部一年の宮崎です』とね」
 黒峠に宮崎から告白された時の詳細を話した覚えはないが、確かにそう言われた。
 黒峠は肩をすくめる。
「彼は『経済学部一年の宮崎』と自分で言っただけで、証拠なんてないんだよ。君が鵜呑みにしただけだ。実はもう調べがついているんだがね、彼はここの生徒ではなかった」
「そんな……」
 亜沙子は愕然とした。
 黒峠はさておき、部外者がそうやすやすと校内に入ってこられるのだろうか。
 ああ、でも。彼と会ったのは図書室の前の廊下で、亜沙子は別棟の渡り廊下からやって来たところであった。図書室は市民にも開放されている。生徒ではない人間がいてもおかしくはないのだ。
「でも、香織が……友達が、サークルの知り合いに聞いたって言ってました。その人、宮崎君を知ってるって。眼鏡をかけた地味な子で……授業が一緒だからよく見かけるって」
「それについても調べたよ」
 黒峠はわざと偉そうに腕組みをしたが、亜沙子はそんな態度につっかかるどころではなく、混乱していた。
「いるんだよ。経済学部一年に、宮崎拓真という生徒はいる。この目で見てきたよ。眼鏡をかけた地味な生徒には違いなかった。しかし君に近づいた宮崎君とは別人だったよ。どちらも外見を説明しようとすれば、眼鏡をかけた地味な子、くらいしか言いようがないという点では似ているけどね。すぐにバレない対策として、実在の生徒の名前を語ったんだろうな。とにかくあの宮崎君は偽物だと断言できる」



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