22


 念のためうろうろと書庫内を歩き回ってみると、棚と棚の間の入り組んだところに、ぴったりとおさまって立っている黒峠を発見した。これでは通路からは見えない。
 手にはうさぎの絵本を持っていて、しかもどういう意図があるのか逆さまだ。
「黒峠先生、さがしましたよ。お目当ての本は見つかりましたか」
 目の前で喋っているというのに反応がない。逆さまのうさぎの絵本に夢中になっている。亜沙子は本を取り上げた。
「黒峠先生!」
「やあ柊君。何がおいしいって?」
 またとんちんかんなことを言っている。
「本が見つかったのかと聞いてるんですよ。図書館に来たんだから、本をさがしに来たんでしょう?」
「違うね」黒峠が本を奪い返す。「彼が図書館にいるのを知っていたから来たんだ。だからわざと目立つように、君を連れて速く歩いたんだよ」
 ゆっくり歩いても黒峠なら目立つだろう。異様な存在感を放っているから、目立たなくする方が難しい。
「彼って、宮崎君のことですか?」
 亜沙子がそう言うと、黒峠は小さな声で笑いだした。何がおかしいのよ、と亜沙子が睨むと、「失敬」と言って黒峠は咳払いをした。
「彼を宮崎君と呼ぶのは適切じゃない」
「どういう意味ですか」
 黒峠は絵本がおさまっていたらしい隙間を見つけて本を押し込んだ。そのまま絵本の背表紙を見つめている。英語で書かれていたが、題名は日本語に訳すと「のんびりうさぎの悲惨な日曜日」らしい。どことなく黒峠にぴったりな本だった。
「彼はこの学校の生徒ではないんだよ。不思議なことにね」
 しばらくの間、沈黙が流れた。空調の音しか聞こえない。
「今、何て言いました?」
「不思議なことにね、と言ったんだ」
「いえ、その前です」
 黒峠は本から目を離してこちらを向いた。
「あの、眼鏡をかけ、君を食事に誘った青年は、宮崎君ではない。この学校の生徒ではないんだよ」
 盗み聞きしていたとは失礼な奴だ、と腹が立ったが、怒るより先にはっきりさせておかなければならないことがある。
「ちゃんと説明して下さい。あの人は間違いなく、この前会った宮崎君ですよ。私、覚えてますから」
「こんにちは柊君。私の名前は山田三郎。コンビニ店員です」



[*前] | [次#]
- 22/157 -
しおりを挟む

[戻る]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -