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「それはそうですけど、じゃあ黒峠先生、ちょっと寂しいんじゃないですか」
「私だっていつまでも円さんにおんぶに抱っこじゃまずかろう、君。いずれ自立しなきゃならないんだ」
 自立する気があったのか。それにしても遅すぎる決意だ。
「君は自分の心配をした方がいいよ柊君。ストーカーの件が気のせいじゃなかったら大事だ」
「今日は散々それで友達から脅かされたんですから、せめて先生くらいは心やすまりそうなこと言って下さいよ」
 黒峠がしけったせんべいをすすめてきたので、亜沙子はそろそろ帰ろうと腰を上げた。
 頼りにはならないものの、話をしたおかげでいくらか心が軽くなったようだった。今日はこのまま真っ直ぐ帰宅しよう。
 そう思って階段を下り、事務所の前の通りを歩いていた時だった。
「柊君!」
 上から声が降ってきた。
 見上げると、黒峠が窓から身を乗り出している。忘れ物でもしただろうか。
「何ですか!」と声を張り上げると、黒峠はどこともわからぬ方を指さしている。辺りを見回してみるが、どういう意味かわからず首を傾げた。
 口を開きかけた黒峠は思い直したように身振りで「待ってて」と伝えると、体を引っ込ませた。何事だろうと訝りながら指示された通り待っていると、黒峠が走ってやってきた。しきりにきょろきょろしている。
「どうかしたんですか」
 亜沙子の声に黒峠は反応しない。袖を引っ張っても気がつかず、通りの向こうを見つめている。
 人を呼び止めておいて無視するなんて。
 息を深く吸い込むと、亜沙子は怒鳴った。
「先生ってば!」
「おうっ」
 耳の近くで怒鳴られた黒峠はさすがに驚いたらしく、びくりと肩を動かし、まばたきをして亜沙子を見た。
「何だ。どうかしたの柊君」
「私の台詞ですよ。どうかしたんですか? あなたが私を呼んだんですからね」
 黒峠はぼんやりした顔で亜沙子にまなざしを注ぐと、首を傾げた。何が何だかわからない。
「柊君、確認したいんだけど、君は……」
 そう言って黒峠は言葉を切った。
「いや、何でもない」



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