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 里沙はちらりと黒峠の方をうかがって、一瞬口ごもった。「これ、外で貰ったの。パパに渡してくれって」
 里沙が取り出したのは、しわになった茶封筒だった。封はされておらず、円は娘から受け取ると中を見た。薄い紙切れみたいなものが入っていたようで、目を通してすぐ、円はその表も裏も何も書かれていない封筒を折り畳んで背広の内ポケットにしまった。
「有紀さん、すいません。少し出てきます。すぐに戻りますから」
「ええ、わかりました」
 円は黒峠と目を合わさず、鞄をつかむと出て行った。
 何か変だと亜沙子は感じた。円と黒峠が目を合わせないというのは珍しいし、表情もいつもより強ばっていたようだ。里沙が封筒を出した時から変だった。
 これは何か事情がありそうだ、と黒峠に目を向けると、彼は気にする様子もなく、男の子がくれた二枚目のチョコレートをかじっていた。
「じゃあ、ユキ。私達、帰るね」
「気をつけて帰んなさい。それから君、もうちゃー君を迷子にしないようにね。またさがすことになったら、チョコレート一枚追加だぞ」
 男の子はちゃーを抱えると元気に礼を言って出て行った。それに続いて出て行こうとした里沙が、ぴたりと足を止めて振り向く。
「ねぇユキ、あのね、パパは……」
「パパがどうかしたかい?」
 里沙は幼い顔をしかめ、口を一文字に結んでいる。言いかけた言葉のあとは、のみこんでしまったみたいに続かなかった。黒峠が里沙の顔をのぞきこむ。
「……ううん、何でもない」
 里沙は首を横に振ると、走って外に出て行ってしまた。事務所は静かになり、黒峠が大きくあくびをする。傾き始めた陽の光が窓から射し込んでいた。
「円さんと里沙ちゃん、おかしくありませんでしたか」
「そうかな? 気がつかなかったけど」
 黒峠が鈍いのか、自分が気にしすぎなのか。
 あまり首をつっこむのはお節介かもしれないが、円の態度がどうも気にかかった。
 あの人のあんな顔は、初めて見たから。
 それに里沙は明らかに、父親のことで何かを言おうとしてやめたのだ。
 しかし黒峠と円の付き合いは長いらしいから、口出しするのはやはり余計なことか。それにしてもこの二人は、どのくらい前からの知り合いなのだろう。
 片づけられずに書類がいくつかのっている円の机に目をやると、随分古そうな新聞の記事があった。上に書類が重なっていてよく見えないが、二十年以上前の日付だ。
「円さんは最近忙しいんだ。うちの他にも別の、法律関係仕事の手伝いをしていてね。円さんほどの優秀な人を私が独り占めしてたら世間のためにならないだろう?」



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