09


「ちゃー君! ちゃー様! ちゃー閣下! 何て呼ばれたら納得するんだ! 君は同じ黒いものを身にまとっているくせに、仲間である私を困らせるのかい!」
 しまいには猫相手に支離滅裂な説教をたれ始めた。同じ黒いものといっても、黒峠はコートで猫は毛皮である。仲間呼ばわりされて、猫も迷惑だろう。
 ちゃーとかいう猫はしばらく、むっつりと黒峠を見下ろしていた。手が届くか届かないかの位置で身動き一つしない。
 しかしそのうち名前を呼ばれるのにうんざりしたのか、自らの意志で降りてきた。黒峠の粘り勝ちといったところか。
 満足そうに黒峠は腕の中の猫をなでている。少し毛足の長い、きれいな猫だった。
「よしよし、ちゃー。よく帰ってきたね。どうだい柊君。私の手腕もなかなかだろう」
 あれのどこがどうなかなかなのかは知らないが、説明を求めると面倒なので聞き流すことにした。
 ちゃーは淡い緑の目でどこか遠くを見つめていた。
「ところで、私に何か用でもあったんじゃないのかい?」
「いえ、違います。たまたま近くを通ったので、そのついでに事務所に寄ったんです」
 そうか、と黒峠は猫を自分の目の高さまで持ち上げる。
「不思議だなぁ、ちゃーくん。学校からこっちは柊君の自宅とは反対方向だよ。わざわざうちの事務所の近くの駅まで電車で来る用事とは何だろうね? 知り合いがこの町にいるとは聞いてないし。事務所のある駅より北側は南側に比べて店も少なくて、若者が好んで立ち寄るところはないんだよ。さて問題です。柊君は平日の学校帰りのこの時間、知り合いもほとんどいないこの町に、何の目的があってやって来て、うちの近くを通ったのでしょう。わかるかい? ちゃー君」
「黒峠先生って、よく『意地悪』って言われませんか」
 黒峠は唇の端を歪めて笑った。
「ないね。君こそ言われたことないの? 『意地っ張り』とね」
 亜沙子は顔をしかめた。
「ありません」
 これは嘘で、「意地っ張り」というのは何度も欠点として責められた経験がある。黒峠もおそらく「意地悪」だと文句を言われた覚えがあるだろう。だが、互いに認めなかったのは、負けたような気になるからだ。
 この調子で会話がエスカレートしていけば、二人は何時間でも罵り合いができる。しかしそれは何も生み出さない。ただの時間の浪費だ。
 タイムイズマネー。黒峠は人生を無駄なものに捧げるのが趣味なのかもしれないが、亜沙子は違う。言い争いはさっさと切り上げて、黒峠と共に事務所へ向かうことに決めた。
 どうせ元々黒峠に話を聞いてもらうつもりだったのだ。見透かされているのにむきになって否定し続け退却するのは癪だから、あえて当初の目的を貫くことにした。



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