06


「先生のことは挑発してないので勘違いしないで下さいね」
「それで、そのかかとの高い靴。そんな靴でよく歩けるね。天狗か君は」
「私のファッションにいちゃもんつけるのやめてくれます?」
 彼は文句をつけるのが趣味なのかもしれない。亜沙子が口をつけない牛乳を、黒峠が飲みほした。円の姿が見えないが、尋ねると買い物に出かけたらしい。夕飯の買い出しだろう。黒峠は自分で食事の支度をしないのだ。
「オコゲは元気?」
 黒峠が言う。オコゲというのは、黒峠が一時的に飼っていた九官鳥のことだ。飼い主を探していたので亜沙子が引き取ることになったのだ。父は鳥好きで、家では可愛がられている。
「元気ですよ。言葉は覚えてくれないんですけど」
「え? 何が?」
 黒峠が怪訝そうな顔をする。
「だから、九官鳥のオコゲの話ですって!」
 自分で質問をしておきながら、その内容を彼は忘れてしまう。無責任な男だった。そういう人間なので、話をするのは疲れる。だが頭が悪いというわけではないようだ。知識も豊富で、語学も堪能。興味がないことの記憶は、すぐに手放してしまうのだった。
 そこへ円が買い物袋をさげて帰ってきた。娘の里沙も一緒だ。里沙は父に似ず可愛い顔をしていた。亡くなった母の方に似たのかもしれない。
「亜沙子お姉ちゃん!」
 里沙は名前を覚えていてくれたようだ。前に会った時は確か一年生だったので、今は二年生だろう。背も大きくなっていて、髪は以前に比べて短くなっている。聞けば、円に切ってもらったらしい。
「柊さん、お久しぶりですね」
 派手なシャツを着た円が微笑んだ。相変わらず強面だ。顔は怖いが独特の雰囲気をもっていて、話をすると心が落ち着くのだ。この人も私の名前を覚えていてくれたんだ。黒峠に名前を間違われてがっかりしていたので、そんなことでも感動できた。
「ところで柊君。何か用があって来たんじゃないの」
 黒峠が買い物袋を覗きながら言った。
 そうだ。友美。化粧だの服装だの、彼とつまらないことを言い合っていたので、忘れかけていた。
「そうなんですよ。友達から相談を受けたんです。黒峠先生、人捜しとかはお願いできますか」
 黒峠は腕を組んだ。何かを考えているのかもしれないし、ひょっとしたら何も考えていないのかもしれない。いかにも何か考えていそうな仕草だが、騙されてはいけない。彼は意味のないことをするのが好きなのだ。



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