07


「友達の弟が帰ってこないんです。中学生なんですけど」
「家出じゃないの」
「その可能性も捨てきれないんですけど、最近、あの話があるじゃないですか。だから……」
 あの話。その言葉を聞いて、円は娘と顔を見合わせた。あの話ね、と黒峠が呟いた。やはり彼も知っているらしい。この近所であの話を知らない者はいないだろう。

 子供達が、町から消える。

 この頃、子供の行方不明事件が多発していた。いなくなるのは、主に小学生から中学生の、十五歳以下の子供達だ。テレビや新聞などで、特に大々的に報道されているわけではない。ひとつひとつの事件に関連性がないからだろう。しかし数か月前から目立つようになったこの行方不明事件のことを、「神隠し」と呼んで騒ぐ者もあった。
 警察も動きだしたという噂もあるが、真偽は不明だ。何にしても大規模な捜査はしていないだろう。小さな子供を持つ親は、皆脅えていた。ある日突然、何の前触れもなく、子供がいなくなるのだ。それが十代の素行の悪い若者であれば、家出だという考え方もできただろう。しかし消えたのはまだ幼い子供達なのだ。仮に家出をしたとしても、子供の行動範囲は狭く、捜せば見つからないわけがない。
 これは異常事態なのだ。全国的に発生している事件ではない。この近所、この界隈で連続して起きている事件なのだ。関連付けたくもなる。友美の弟も十四歳。可能性がないわけではなかった。
「有紀さん」
 円が黙る黒峠に声をかけた。黒峠は空になったビールジョッキを見つめていたが、膝を叩いて顔をあげた。
「いいだろう。私も気になってはいたんだ。力になろう」
「ありがとうございます」
 亜沙子は友美から聞いた詳しい話を黒峠に伝えた。頷きながら黒峠は黒い手帳にメモをとっている。大方話終えたところで、あることに気づいた。手帳にペンを走らせる動き。それが、どうも文字を書いているようには見えなかったのだ。手を伸ばして手帳をつかみ、自分の方へ傾けてみた。
 案の定、手帳には文字など書かれていなかった。わけの分からない落書きがしてある。気持ちの悪い猫だとか、首の長い象。たくさんの手が生えた時計。やけに絵は上手かった。意外に絵ごころがある。などと、感心する気にはなれなかった。
「先生。私の話、聞いてましたか」
「聞いてたよ。私は人の話を聞く時は、落書きをする主義なんだ」
 この一年でいつからそういう主義になったのか。「わあ! ユキ、猫の絵上手!」と言って里沙が手帳を引っ手繰っていった。



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