05


 最初に「ひ」がついたようだったな。
 二本目のペットボトルのふたを開ける。これも緑茶だった。それを一口飲んで、やかましい彼女の名前をなんとか思い出そうとした。よくヒステリーをおこしていたことは記憶にあるのだが。
 その時、ノックの音が聞こえた。誰かが戸を叩いている。すりガラスの向こうに、誰かが立っているようだ。円ではない。ということは、客だろうか。
「どうぞ。開いてますよ」
 若い女性が入ってきた。髪型は違うが、見たことがある人物のようだ。ヒステリーな、「ひ」のつく子だ。そうだ。思い出した。
「久しぶりだね、冷や飯君」
「柊です!」


 亜沙子は呆れた。久々に会ったというのに、第一声がこれだ。名前も覚えていないのだろうか。失礼な男だ。堂々と間違える奴があるだろうか。そういうところは変わっていない。実際、見た目も変わっていなかった。顔色も目つきも悪い。身につけているのは黒いものだ。室内であるというのに、コートを着ている。椅子も机も黒いので、黒峠が埋もれて見えた。失礼な黒い男は微笑んだ。
「前に会った時とは随分雰囲気が変わったね。綺麗になっていたから一瞬分からなかったよ」
 お世辞はやめて下さいよ、と照れて言おうとしたのだが、間髪入れずに彼は続けた。
「女性は化粧で化けるって本当だね」
「失礼ですよ!」
 私は化け物か。怒る亜沙子をなだめつつ、黒峠は小さな冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。それをビールジョッキにつぐ。飲めと言うのだが、そんなにたくさんの牛乳をすすめられても、飲む気になれなかった。大体普通、客が来たら、茶を出すものではないだろうか。黒峠が普通ではないということは分かっているのだが。
「水商売の女の人かと思ったよ。派手な格好をしているんだもの。髪だって巻いて染めてるしさ。不良だね、不良」
 亜沙子は自分の髪をなでた。この巻き髪をセットする為に、毎日早く起きている。
「女子大生なんて、みんなこれくらいしてますよ。不良じゃありません」
 黒峠は短すぎるスカートのことも指摘した。亜沙子がスカートのすそをつかみ、下に引っ張る。「これくらい普通です」
「女性というのは分からない。男を挑発するような格好をしておきながら、ちょっと見られたくらいで大騒ぎするんだものな」



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