37 冴木


 駅で黒峠と待ち合わせをすることになったのだが、時間になっても彼の姿はなかった。すっぽかす気だろうか、とまだそうとも分からないのに腹を立てながら構内をうろついていると、声をかけられた。
 黒いフード付きパーカーにジーンズ姿の男で、誰かと思えば黒峠だった。フードをかぶっていて、見るからに怪しい。スーツやコートはクリーニングに出しているそうだ。
「フードをかぶってると怪しいのでやめてくれませんか」
「私は恥ずかしがり屋だから顔を隠したいんだ」
 日頃の言動から見て、間違いなく恥ずかしがり屋ではない。強引にフードを脱がせようとしたが、黒峠は頭を押さえて抵抗し続けた。これも一種の嫌がらせなのだろうか。カジュアルな服装でいると、いつもより若く見える。実際黒峠はいくつだろう。十代ではないだろうし、自分よりは年上のはずだ。
「先生っていくつなんですか」
「三歳」
 真面目に答える気はないらしい。切符の買い方もろくに知らない世間知らずの彼を連れ、電車とバスで目的地へ向かった。
 廃墟となったホテルは市街地から離れたところで、寂しい場所だった。草藪の中の廃墟を亜沙子は見上げた。三階建てのそれはかつてホテルであったことを感じさせないほど荒れ果てている。夕焼け空が血のようで、同じ色に染まった廃墟は不気味だった。
「本当に入るんですか。やっぱりやめませんか」
「ここまで来て何を怖気づいているんだい。大丈夫、私がついているから安心しなさい」
 あんただから余計に心配なのだ。一人でまともに電車に乗れない男が頼りになるとは思えない。
 昨日も散々だった。早朝から見知らぬ男からの電話を合図に出ていった娘を過保護な父は相当心配したようで、帰宅後は質問攻めだった。何とか友達だとつき通したものの、父は不満そうな顔をしていた。納得がいかないらしい。まさか探偵と殺人事件に首を突っ込んでいるなどとは口が裂けても言えない。言ったが最後、二度と家から出してもらえないような気がした。父は心配症なのだ。
 友美には連絡をしなかった。無用な心配はかけたくないし、良いことが分かった時に連絡したい。早く友弥が見つかってほしい。だからこそ、手がかりを求めてこの廃墟までやってきたのだった。友弥の件からは遠ざかっているような気がしないでもないが、なるべく考えないようにした。信じることが大切だ。
 廃墟の中は外見同様荒れ果てていた。客室には汚れたベッドや壊れた机などが放置されている。窓ガラスは割れ、床に散乱していた。一階のロビーには不法投棄されたのか、タイヤなど場違いな物もあった。廃墟になってから誰か訪れたのであろう形跡はそこかしこに見られた。床が焦げていて、花火や煙草の吸殻などが落ちている。



[*前] | [次#]
- 37/114 -
しおりを挟む

[戻る]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -