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 首を掻きながら浅野は運転席側の窓を叩いた。
「どうも、浅野さん」
 窓を開け、円が頭を下げる。浅野と円も知り合いらしい。
「どうしてこいつを繋いでおかないんだ。外に放すな」
「そう言われましても、私は有紀さんを飼っているわけではないので……」
 ため息をつくと、浅野は「頼むから帰ってくれ」と言って黒峠の両肩を叩いた。去っていく浅野を見つめ、黒峠が言う。
「どうやら警察も進展がないようだね。重村さんの家は無理そうだから近所の人に聞いてみようか」
 さすがに近くに警察がいると、身分を偽ったりはしないらしい。亜沙子は黒峠に連れられ、近所の若者向けではない洋服店へと足を運んだ。しかし先客がいた。またしても浅野と、疋田だった。浅野は黒峠を見ると目をつぶり、疋田に何やら話しかけた。そして店に彼女を残したまま、黒峠と亜沙子を外に連れ出した。
「探偵ごっこはやめてくれ」
「私は正真正銘の探偵です。自分で言っているんだから間違いありません」
「正真正銘の探偵さん、勘弁してくれ。迷惑なんだよ」
「私の好奇心は誰にも止められません」
「なら息の根を止めるしかないかもな」
 刑事のくせに物騒なことを言っている。勿論冗談のようで、二人は笑った。浅野は亜沙子の方を向いた。
「君、自分を大事にした方がいい。この男に何か弱みを握られて脅されているならそう言うんだ。力になるよ。刑務所にぶちこもう」
「浅野さん、また、警察の人間みたいなこと言っちゃって」
「俺は警察の人間だ」
 捜査の邪魔はしないようにと繰り返し、浅野は店へと戻って行った。黒峠は迷惑しているのは自分だと言い張る。
「行く先々に浅野さんがいるんだもの、やりにくいよな」
 いや、一番迷惑しているのは私だと亜沙子は思った。黒峠は付近の人間に聞きこみをしてくると言い残して去って行った。一人で行けるなら、私が車を降りた理由なんてないじゃない。不満はあったが、とりあえず今回は人に嘘をつくことはしなくていいらしい。ほっとしながら円の待つ車に乗り込んだ。
「円さん、お疲れなんじゃないですか? 朝からずっと運転しているんだもの」
「慣れてますから」
 日頃から円は黒峠にこき使われているのだろうか。たまには怒ってもいいのに。亜沙子はこの温厚な男が怒るところをまだ一度も見たことがなかった。黒峠が何をしても怒らなかった。



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