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 セツはそれ以上、何も言わなかった。

 * * * *

「あの家、変な感じがしなかったかな」
 車に乗り込むなり、黒峠が言った。亜沙子は頷いた。確かに違和感があった。しかし、何がおかしかったのだろう。もう一度部屋の様子を思い出してみた。
「埃」亜沙子が呟く。
「あちこち、埃が積もっていたんです。綺麗に片づけられていたんですけど、埃をかぶっているものがあって。それは、変だなと思いました」
 まだある。観葉植物が枯れていた。枯れてかなり経っているようだったが、棚の上に置かれているのだ。普通、枯れた植物をいつまでもそこに置いているだろうか。
「そうなんだ」
 黒峠は腕を組んだ。
「あの家には生活感がなかった。いや、あるんだけど、ないんだよな。モデルルームとでも言うのかな。生活に必要な物はそろっている。だけど、誰も生活していないんだよ。そう見せているだけだ」
 誰も生活していないとはどういうことなのか。あの家では、間違いなく重村セツが生活しているはずだ。埃や観葉植物くらいで、そんなことを決めつけていいのだろうか。
「カレンダーも一昨年のだったんだ。生活していれば古いのだって気づくはずじゃないか」
「でも、犬がいたじゃないですか。誰があの犬の面倒を見ていたっていうんですか」
「馬鹿だなあ柊君は」
 ついにはっきりと馬鹿呼ばわりされた。
「犬がずっとあの場所にいたとは限らないだろう。セツさんか誰かが時々連れてきているんだ」
「何でそんなことをするんでしょうね」
「私が知るわけないだろう」
 重村宅は、他の家とかなり離れていた。田舎は都会に比べて近所付き合いがあるとは聞くが、あれほど離れていてはあまり交流がないかもしれない。あの家に常に重村セツがいるかどうか、知る者はいないのだ。もし仮にセツがあの家に住んでいないのだとしたら、普段は一体どこで生活しているのだろう。
「ところで、もう帰れるんですよね」
 考えても答えは見つからなかった。車に揺られていると眠気に襲われる。早く帰って昼寝をしたかった。寝不足は肌にも悪いのだ。
「何言ってんの。まだだよ。次は重村勝吉の家に行くんだから」
「それ、どこにあるんですか」
「事務所からそう遠くないよ」



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