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 聞かれると思った。どう言っていいか分からず、黒峠を見る。黒峠は顔色ひとつ変えずこう言った。
「部下です」
 その嘘は無理があるのではないだろうか。しかし老婆は疑うことなく、亜沙子と黒峠を家に招き入れた。老婆の名は重村セツと言い、やはり重村勝吉の母親だった。
 部屋は綺麗に片づけられていたが、亜沙子は違和感を覚えた。祖母の家の雰囲気と似ていたが、何か違うのだ。棚に置かれた人形、飾られた絵、いかにも老人の静かな一人暮らしといった様子だったが、何かが違った。何かがおかしかった。だが、今はそれより罪悪感で胸がいっぱいだった。また人に嘘をついてしまった。また罪を重ねてしまった。黒峠はいつもと同じように涼しい顔でお茶菓子をつまんでいる。この男に良心というものはないのだろうか。
「勝吉さんのことなんですが、どこに住んでいたのか分かりますか」
 黒峠が言う。本当に警察なら、母親に聞かずとも調べれば分かることだろう。セツは怪しむう様子もなく、黒峠の質問に答えていった。何もすることがない亜沙子はただ二人のやりとりを横で聞いていた。私、本当に何をしに来たのだろう。
「お一人で暮らしているんですね」黒峠は部屋を見回した。
「ええ。子供は息子が一人きりで、家族は他におりません」
「お気持ちお察しします」
 察しているようには見えなかった。出されたお茶菓子はもうほとんどなくなっている。
「息子は悪いことをしたんですから、当然の報いだったんでしょう」
 そう話すセツはやはり無表情だった。黒峠は壁にかけられているカレンダーを見ている。セツは暫し俯いていたが、急に顔をあげた。
「あんたら、警察でもないのに何故そんなことを聞くんですかね」
 亜沙子は息をのんだ。見抜かれていたとは。黒峠は口の端に笑みを浮かべていた。この状況でよく笑っていられるものだ。
「よく分かりましたね」しかもあっさり認めている。
 セツはまばたきもせず、じっと黒峠の顔を見ていた。
「さっき私に見せたのは偽物でしょう」
「鋭い」
 黒峠は懐から取り出した警察手帳を揺らした。「以前東京のマニアックな店で入手したんですよ」
 誰も入手経路は聞いていない。亜沙子は身をこわばらせた。セツはどうする気だろう。警察に通報するのだろうか。最初から気づいていたなら、どうして黒峠の質問に答えたのだろうか。無表情な彼女の顔からは、何も読み取ることが出来なかった。
「重村セツさん。質問に答えてくださって、ありがとうございました」
「どういたしまして」



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